どっとはらい


 

まあ、とにかく、
幸せになろうよ!

















































「はあ、寒い…」

「だから僕は近くのスーパーの方に行こうっていったのに。それにそこまで寒くないよ」

「今日はタイムセールで牛肉とたまねぎが安いから、どうしてもこっちに来る必要があったんだ。 大体、おまえがうちの車を壊したから予定が狂ったんだろう。あと、寒いものは寒い」

「車はごめんて。何度も言ったけど、子供が飛び出してきたから仕方なかったの!避けたからぶつかったんだって。 保険だってちゃんと下りたんだから、もう許してよ。はい、じゃあ荷物もう一個持つから手ぇ繋ご」

十一月の暮れ。
仕事が終わってすぐに待ち合わせをして、スザクはルルーシュの買出しに付き合わされた。
買い物自体はもともと付き合う約束だったけれど、徒歩での遠出だったことに驚かされた。
自分から言い出したのに始終文句ばかりなのには閉口する。
ルルーシュの持つ荷物をひとつ受け取って手を繋ぐと、少し機嫌は上向きになったようで安心した。
自分の荷物が減ったことに対する満足、だとしたらいくらなんでも悲しいのであまり追求はしたくないが。
そもそも二人分の食材だとしても、スザクの方が三倍近く荷物を持っていたのに。
結構、重いのに。

「来週には車、戻ってくるから」

「そうか。来週は隣町のマーケットに行きたいんだが、良いか?」

「うん。良いけど何買うの?」

「ケーキの材料だ。シュトーレンを焼くから、折角ならナッツやドライフルーツの良いものが買いたい」

「シュトーレン!うわあ、僕あれ好きだよっ」

「知ってる。ただし今年も一日で食べきったら許さない。 シュトーレンは毎日少しづつスライスして食べて、クリスマス当日を楽しみにすることこそが醍醐味なんだからな」

「わかったよ。もーほんと、根に持つんだからルルーシュは」

「今年はナナリーに送る分も焼くから、来週末はおまえも手伝え」

「はーい。そっか、もうそんな時期かあ。ナナリー喜ぶと良いね」

「ああ、もうアドベントカレンダーを送る年齢でもなくなったからな、ナナリーも」

「寂しい?」

「…良いんだ。もう子供じゃない」

「そうだね。ナナリーはもう、立派な女性だものね」

「ああ、そうだ!もう先月の誕生日に帰省した時も、"どんな大人になっていきたいか"というナナリーの抱負がそれはもう素晴らしかった…!」

「へえ。その話、僕聞いてない」

「はっはっは!聞かせてやろうう!ナナリーは、将来かさ地蔵のおばあさんのようになりたいと言って!」

「ええ?かさ地蔵って、日本の御伽噺の?」

「そうだ。童話のお姫様とかじゃなく、おばあさんだぞ、おばあさん!謙虚すぎる!俺も驚いて、ナナリーならどんな綺麗なお姫様にも負けないよと言ったんだが、 "誰かが良い行いをした時、それで自分たちが苦しくなったとしても『それは良いことをしましたね』って、相手に言ってあげられる人になりたいんです" とナナリーは言ったんだ!天使か!!」

「ふうん、そっか、改めて言われると、確かにかさ地蔵のおじいさんとおばあさんってすごいよね」

「だろう!俺は感動して、ならば俺はかさ地蔵のおじいさんになろうとその場で誓ったんだ…っ!!」

話しながら興奮してきたのか、繋いだ手が痛いくらいぶんぶんと振られる。
昔々あるところに、なんて御伽話をスザクは幼少時ほとんど聴いたことがない。
そういった噺を覚えたのは、ルルーシュとナナリーが日本に来て、出逢ってからだ。
ルルーシュが覚えたばかりのたどたどしい日本語で、ナナリーに読み聞かせていたのをスザクも一緒に聴いた。
とても優しい声だった。
かさ地蔵も、思い出す時はルルーシュの幼い声だ。

貧しい夫婦は、年の瀬に新年を迎えるための餅も買えずにいました。
そこでおじいさんは笠を売りに町へ出かけましたが、笠はひとつも売れませんでした。
諦めて帰路に着く途中、吹雪の中お地蔵様を見つけ、売れ残った笠をお地蔵様に差し上げることにしました。
何も持たずに帰宅したおじいさんを、おばあさんは責めませんでした。
次の日扉を開けると、お地蔵様からのお礼の品が置いてあったため、おじいさんとおばあさんは良い新年を迎えることができました。
めでたしめでたし。

細かい部分は忘れてしまったけれど、善悪の対比ではない物語をナナリーが嬉しそうに聴いていたのを覚えている。
どちらかと言えば英雄譚や冒険物語の方が好きだったスザクと違い、ナナリーはルルーシュに教わった物語をずっと大切にしてきたのだろう。
そしてナナリーは今も、相手を肯定する強さと優しさが欲しいのだろう。
たとえ御伽噺のように、見返りがなくても。

「…うん、僕も、そんなおじいさんとおばあさんみたいになりたいな」

「ふん、ナナリーのおじいさんの座は渡さないからな」

ルルーシュは見当違いの文句を言って、つんと前を向く。
赤くなった鼻がいじらしく可愛かった。

「でもルルーシュ、君が手ぶらで帰ってナナリーが飢えるかもしれなくても、お地蔵様に笠あげられるの?無理じゃない?」

「…!!」

「あと僕が車壊したのも怒ってばかりじゃないか」

「うっ、そ、それはだな…」

「ルルーシュはさ、かさ地蔵失格じゃない?」

「そ、そんなことはない!…ほ、本当は車のことも、そこまで怒ってない………」

「あはは、嘘だあ」

「それに今日も車がない分スザクと一緒に歩いて帰れて、…う、嬉しくないこともないんだからな!」

わざと意地悪を言ってみたら、思いもかけずルルーシュはマフラーに顔を埋めてそう言った。
図星を指されたのが居た堪れないのか、隠していた本音が恥ずかしいのか、寒さのせいだけでなくルルーシュの顔が火照る。
照れ隠しで不機嫌そうに尖る唇が、彼らしい。

「それに、今日の夕飯はスザクの好きなグラタンだ!帰りは遅くなったが、準備は大体できてる。 明日は休みだから、昨日買ってきてそのままのボジョレーも今日開けるつもりだ」

「え、何それ豪華!ええー、今日ってなんかの記念日だっけ!?僕忘れてる!?」

「ふん」

ルルーシュが唐突にデレたことで、一気に形勢がひっくり返された。
ナナリーの誕生日は先月。
ルルーシュの誕生日はもう二週間ほど先。
クリスマスだってアドベント期間ですらまだ早い。
結婚記念日、も違う。
付き合いだした日、はいつだっけ?
他にもたくさん記念日はあったはずだけど、スザクは正直そういったことに疎い。
必死に思い出そうとしたが、わからない。
申し訳なさで慌てだすスザクを眺め、ふ、っとルルーシュが噴き出した。
細めた目元が優しかったから、本当に怒ってないんだと知って安心する。

「…いじわる。帰ったら、何の日か教えてね」

「別に、たいした日じゃないさ」

やわらかく笑って、ルルーシュは空を見上げた。
つられてスザクも顔を上げた。
冬の日没は早く、マーケットを出た時は空は美しい紫色だったが、ずいぶんと歩いたので二人の影はもう同じくらいの濃さに溶けていた。
檸檬に似た月は雲に隠れず、くっきりとしてとても綺麗だ。

「あ、オリオン座見つけた」

「冬の空は澄んでいて好きだ」

喧嘩しながら歩いても絡めたままだった指が嬉しくて、握り直した。
二人の暮らすマンションまでもう少しだ。
大通りの一本奥、細くて少し暗い近道を歩く。
十字路を渡る時、ひとつ先のブロック付近で突然、絹を裂くような女性の叫び声がした。

「ひ、ひったくりです!助けてください!!」

ルルーシュと目が合うと、頷き返された。
意外なことに、ルルーシュの方が反応が早かった。

「待ってルルーシュ、荷物…っ、卵とかあるから割れちゃうよ!?」

スザクが躊躇うと、ぐっと手を引かれる。
ルルーシュの倍以上持たされている買い物袋を案じると、ルルーシュは自分の持っている袋を容易く捨放り投げた。

「構わない!それよりスザク、行くぞ!!」

まっすぐな瞳に射抜かれて、スザクは重い荷物から手を離して駆け出した。
身体がふわりと軽くなる。
後ろでぐしゃりと何かが潰れる音がしたけど、言われたとおり脇目も振らず走った。
ルルーシュは座り込んでしまった被害者らしい女性に駆け寄り、スザクは犯人と思われるバイクを追った。
適材適所。アイコンタクトで、すべて任せられたことがすぐにわかった。
ナナリーのささやかな望みが、不意に思い出された。

















































           それで自分たちが苦しくなったとしても『それは良いことをしましたね』って、相手に言ってあげられる人に、 (今度こそ)

















































落として壊れてしまったものは直そう。
潰れてしまったものは、もう一度買いに行こう。
ふたりで一緒に。
喧嘩しながら。
笑いながら。
いつものように。
そうやって、何度でも。
いつまでも。

(そうだね、ナナリー。なれると、いいよね)

ルルーシュの視線を感じる。
スザクを信じる、まっすぐな眼差しだ。
信じてくれたことがただ誇らしい。
その視線に背中を押され、スザクは軽やかに地面を蹴った。

- fin -

2013/11/22

いい夫婦の日。
ふたりでいれば、最強だっていう。

*

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