愛に変わる日を待ってる


 

「ありがとう」は百年後に取っておこう。
いまは、飽きるほどに愛を叫ぶから。

















































狭いワンルームで、ただひたすらごろごろする。
最近の休日は、こうして怠惰に過ぎて行くことが多くなってきた。

スザクは去年の年末に商店街で貰ったカレンダーを眺め、それから黙って隣に座るルルーシュの肩に頭を預けた。
ルルーシュのしなやかな首筋は、清潔そうな石鹸の香りがほのかにした。
学期末に提出するレポートに必要な文献があるらしく(まだ5月だというのに!)、スザクが話し掛けてもルルー シュの視線は虚しく本を滑るだけだった。

カレンダーをもう一度見やる。
特別な日に赤丸をつけなかったのは、ルルーシュに気付いて欲しくてあえて何も書かなかったのだ。
が、18日までもうあと数日しかない。

「ねえルルーシュ、よく3ヶ月とか3年って、別れやすいって言うよね?」

「だからなんだ?記憶力が乏しいなら改めて言ってやるが、今月の記念日は3年目ではなく、付き合って2年目 だからな」

「知ってるよ!僕が告白したんだからちゃんと覚えてるよ!18日でしょ、僕たちの記念日。…そういえば、去年 はデートしたね、5月18日」

「確か二人で海に行ったんだったか。ちょうど日曜日だったからって、…はは、あの時は馬鹿みたいにはしゃい だな」

それはとても良く晴れた日だったこと。
砂浜を蹴って歩いたこと。
まだ冷たい海で二人して転んだこと。
思い切り笑って、少し泣きそうになったこと。
なんとなく怖くて、何の約束も出来なかったこと。
だけど、来年もこうして過ごせるようにと胸の内でだけ、お互いこっそりと祈ったこと。

そんな一年前のデートを思い出したのか、ルルーシュは本を伏せてくすぐったそうに笑った。
同時にルルーシュの肩に凭れたままのスザクの方へ首を傾けたので、ルルーシュの耳の形の熱がじんわりスザク の頭頂部に伝わってきた。
付き合いだした記念日をルルーシュが覚えていてくれた。
頬がだらしなく緩むのを、スザクは自制出来ない。
たったそれだけのことだが、スザクはたまらなく嬉しかった。

「それで、今年は?」

「…ああ、なんだ。今までのはデートの催促だったのか。ふん、回りくどいのは、おまえにしてはらしくないが ?」

「だって…」

「言っておくが今年はデートなんてしないぞ。18日は平日だし、そんなことしてる暇がある訳がない」

「なんで!?」

笑いが収まったのか、ルルーシュは菫色の瞳をスザクに向けることなく参考文献に再度集中し始めた。
それが面白くないとかそういうことは置いておくにしても、スザクは驚きを隠せない。
想定外だった。
ルルーシュが記念日を覚えていないなら、その時は少しくらい悔しくても悲しくても、理不尽を我慢して自分か らデートに誘うつもりでいた。
デート自体拒否されるなんて、そんな選択肢は用意していない。
くっついていた頭同士を勢いよく引き剥がして、抗議を込めてルルーシュを睨む。
心底面倒くさそうな彼の溜息が、とても冷たいものに感じられた。

「そもそも大袈裟に祝う方がどうかしてる。たかが2年目というだけで、わざわざデートで祝うなんて。もう高 校生でもあるまいし、大学はどうするつもりだ。それに普通に考えて、恥ずかしいだろう」

「別に恥ずかしくなんてないじゃないか!」

恋人になってからの2年というのは、そんな軽んじられるものなのだろうか。
喧嘩したって誰よりも大切だった、この約730日間。
スザクにとっては、本当にかけがえのない時間だった。

ルルーシュにとってそうでないとすれば、一つの仮説しか思い当たらない。
すっと、頭と舌先が冷える。

「…え、嘘、なに?それとも、ルルーシュは僕に飽きたの…?」

「は?何言ってるんだおまえ。さっきからいちいち大袈裟なんだよ」

「じゃあ何!?大体僕が話してる時くらい本閉じてよっ!感じ悪い。どうせルルーシュは僕の話なんて楽しくない んだろ、いつもいつもそうやって…っ」

「おいスザク…」

「はは、3年なんて待つことなかったのかなっ。別れたいなら、態度じゃなく口に出してよ!君は得意じゃない か、舌先三寸ならさっ」

かじかむような舌を無理に動かせば、気持ちに反してたちまちヒートアップしてしまう。
スザクが吐き捨てると、それまで戸惑ったように宙に手をさまよわせていたルルーシュが、一瞬くしゃりと顔を歪め た。
そして怒りを露わにしてもなお美しい眦を吊り上げ、手にしていた本を床に叩きつけた。

「…っ、うるさいうるさい!!何故そういう話になるんだ!おまえは何でもかんでもそうやって話を飛躍させるな!! 」

「はあ?なんでルルーシュが癇癪起こすんだよ!ずうっと思ってたけど、本っ当、君ってそういうところ勝手だ よね!!…もういいよ」

「………っ!」

「何?言いたいことがあるなら今、言ってよね。あとからネチネチ言われるの、いい加減イヤだからさ」

キリキリと胸が潰れそうなほど痛む。
悪態をつくのは、スザクなりの自衛だった。
ずっと真綿で優しく包むように大切にしてきたから、ルルーシュに対して文句を言うなんて滅多になかった。
だからこそ今の状況が彼にとっては屈辱的だったのだろう。
ルルーシュは両手の拳を強く床についたまま俯いて、押し黙っていた。

イレギュラーに弱いだけで、プライドが見上げるほど高い彼が口喧嘩で負けを認めるなんてありえない。
辛辣な口撃か、はたまた放り投げた本のように暴力に訴えるか。
ルルーシュが落ち着きを取り戻した時に、どんな反撃を喰わされるのかとスザクは身構えたが、それは一向にや ってこなかった。
かすかに震える細い肩が気になり恐る恐るルルーシュの表情を窺うと、思いがけず真っ赤に歪めた顔が今にも泣 き出しそうだった。

「………お、俺は、18日は…夕食を作る…つもりだったんだ…っ」

ようやく聞こえてきたのは振り絞るような弱々しい、声。
強く噛んだのか、唇が充血して赤く痛々しかった。

「…え、」

「だから!日曜日から準備する気だったんだっ。おまえの好物たくさん作ってやろうと思って、なのに…っ」

ぎゅうっとさらに手に力を込めたせいで、鋭角的なルルーシュの指の関節が白く染まる。
変に静まった部屋で、その拳の上に、音を立てて雫がぽたぽたと落ちた。
砕けたガラスのように微細な煌めきにはっとする。
ルルーシュを泣かせてしまった。
その事実だけが、冷静にスザク自身を責め苛んだ。
頭にのぼっていた血が、一気に爪先まで下がるような眩暈を感じる。

「ご…ごめんルルーシュ!僕、」

「知るか、馬鹿っ」

慌てて伸ばした手はそのまま叩き落とされた。
手の甲に爪が当たり皮膚に引っ掻き傷が走ったが、スザクにとってはそんなのは日常茶飯事だ。
構うことなくめげずに膝をつめたけれど。

「別れたいなら、さっさと別れれば良いだろうっ!?」

その一言にかっとして、スザクはルルーシュの肩を無理やり抱いた。
頬や首や肩に、それを拒絶するルルーシュの爪がギリギリと食い込む。

「…ごめん。デートなんかにこだわったりして、僕が馬鹿だったから、そんなこと言わないで、…お願い」

猫の威嚇に似た荒い吐息が、ルルーシュの歯の隙間から細く漏れる。
少しでも落ち着くように、繰り返し何度も背中を撫でた。

「僕、ルルーシュの作るデミグラスソースのハンバーグ大好き」

「………」

「デザートの、苺のトライフルも好きだよ」

何か特別な日に、ルルーシュがスザクの好物を作ると言う時は、彼はいつもハンバーグを作ってくれた。
代わりに、デザートのトライフルはルルーシュの好きな苺をたっぷり使う。
この2年間、ずっとそうだった。
18日も同じメニューのはずだとスザクは確信して、ルルーシュの耳元に唇を寄せる。

次第にルルーシュの力も抜けてきたので、自分の胸に埋めるように抱きしめた。
激昂したのとは別に、ルルーシュの耳朶がうっすら色付く。
微笑ましくて、より腕に力を込めた。

「あとね、ルルーシュが入れてくれるアールグレイが、とっても好き」

2年。
それはきっと、相手のすべてを知るには短すぎて、だけど誰よりも愛しく思うには充分な時間だった。
一昨年、彼に好きだと告げた日より。
去年、二人で手を繋いだ帰り道より。
今日の方が、ルルーシュを大切だと思う。
他愛もない日常が、今この瞬間が、ずっともっと『好き』を加速させるから。

「だいすき」

主語のない囁きが、淡く溶けて二人の胸に落ちる。
柔らかい黒髪に鼻を埋めると、ルルーシュは額をぐいっとスザクの肩に押し付けた。

「…知ってる」

返ってきたのは、素直さなんて欠片もない答えだった。
だけどそれは鼻声で少し詰まっていて、右手はスザクのシャツの端をぎゅっと握っていた。
それが嬉しくて、とんでもなく幸福で。

(ああ、ほら)

1秒前より、やっぱり愛が募るだろう?

- fin -

2009/5/18

昨日よりずっと、君が好きです。
*
サイト2周年記念に、2年目のスザルル記念日。