セブンという数字を呪う


 

見つけた人影に頬が綻ぶ。
けれど同時に、叶わない想いがいつも胸を刺すのだ。

















































ずっと見つめてきた人がいる。
おそらく永遠に忘れられない人がいる。
胸が締めつけられるような恋を、している。

「ルルーシュ殿下」

敬愛と情愛を込めて呼ぶ声が、わずかに白く濁る。
もう秋とは呼べない十一月の末だ。
だと言うのに、呼ばれた名前にわずかに睫毛を震わせた青年は、シャツに薄手のカーディガンという季節外れ軽 装で屋外のガーデンにいた。
瀟洒なアイアン風のデスクには分厚い専門書が広げられているが、真剣に読んでいたわけでもないようだ。
その証拠に風が吹くと、捲れたページを押さえることもしなかった。
かわりに、不機嫌そうに自分の腕を抱いていた。

「お風邪を召されますよ?」

苦笑して、自分のマントを脱いで羽織らせる。
ますます眉間の皺が深くなるのは、皇帝陛下への忠誠を示すこのマントの意匠が気に入らないのだろう。
しかし寒さの苦痛には代えられないのか、しっかりと体に巻きつけるのが可笑しかった。
片膝をつき、両の手で彼の指を温める。
許しもなく触れるのは明らかに皇族に対する不敬だが、彼は何も言わなかった。

「ほら、こんなに冷えていらっしゃる。…殿下、いつからここに?」

「そう長い時間ではないさ。…それより遠征ご苦労だった、ジノ・ヴァインベル郷」

「はい、ただいま帰還いたしました」

今日会ってから初めて開いた彼の唇は、けれど白さが際立っている。
少ししか外にいないなんて嘘ばかり、と思ったが声にはしなかった。
さりげなく触れた冷たい指を、もう少しだけでも感じていたかったのだ。
そして、ふと、普段は許されるはずのない行為に疑問を覚える。

(ああ、そうか)

いつもなら、ルルーシュに侍っているはずの騎士が今日は不在だったのだ。
掴んだ幸運に、包み込んだ手にそっと息を吹きかけた。
白い息が見えなくなると共に溶けるような幸いだったけれど、自分にとっては何よりも大切で灼き つくような一瞬だった。
同時に、こんなにも凍えた指先が哀れで、憤りも露わにつんと唇を尖らせてみた。

「スザクはどうしたんです?殿下がこんなに冷えるまで一人にするなんて」

「ああ、我が騎士には休暇を出したよ。最近仕事詰めでそわそわしていたし、今日は俺の公務も休みだしちょう ど良かったんだ」

「ちょうど良い?」

きょとんとして復唱すると、ルルーシュはうっとりと目を細めた。
艶然とした微笑みに、ちくりと心臓に棘が刺さる。
白い騎士を想うだけで紅色を取り戻す唇が、今は少しばかり憎らしい。

「今頃あいつは、俺のことしか考えていないだろう?一週間後のためにな」

「…ああ、それで」

一週間後、と聞いてすぐに合点がいった。
今日からちょうど七日後、十二月五日はルルーシュの誕生日だ。

「そうですね。きっとスザクは、あなたのためにすごく悩んでますよ」

「だと良いな。実はある人物に仕事を頼んだんだ。今日のスザクの写真を撮って来いと。一体どんな顔で悩んで いるんだろうな。はは、楽しみだ」

「…お言葉ですが殿下、いくらなんでも生半可なスパイじゃスザクにはバレるんじゃ?実力は私達ラウンズと同 等なんですから」

「ふん、上手くやってくれなきゃ困る。ヴァインベル郷も、もう少し同士を信用したらどうだ?」

「え!ちょ、同士ってまさか…っ!!」

みなまで言わなくとも、ルルーシュの確信に満ちた得意げな表情で悟ってしまった。
彼は、自分と同じナイトオブラウンズのアーニャに依頼したのだろう。
アーニャは携帯電話で写真を撮るのもルルーシュも大好きだ。
確かに適任と言えば適任だが、皇帝陛下直属のラウンズを私用で使うなんて、皇位継承者のルルーシュであって も許されることではない。
まあ自分もルルーシュの頼み事は断れないから、人のことは言えないが。
どっと感じた呆れと疲労に肩を落とすと、ルルーシュはそれすら耐えられないというようにクスクスと笑い声を漏らし た。

「別にアーニャに公式に仕事を頼んだわけじゃないさ。それが俺への誕生日プレゼントだと言うなら、それは彼 女のプライベートで受け取るべきものだと思わないか?」

楽しそうに答える彼に、それ以上は何も言えない。
多くの祝福を受けるであろう彼の誕生日、どんなに豪華なものであっても、きっとスザクとアーニャのプレゼン トには誰も適わない。
不意に切なくなって、温めるために握っていた手を離し、立ち上がる。

「殿下、プレゼントを貰うのを楽しみにするのも結構ですが、今日が何の日かご存知ですか?」

少しばかり苦味のある言葉がこぼれた。
す、とルルーシュは目を細めて、傲慢そうに顎を上げた。
美しくて、だから人を傷つける怜悧な視線だった。

「知っているから、今日スザクに暇をやっただろう?これでも不満だと?」

「…っ、いいえ」

氷ほど冷たい指が伸ばされて、項と背に垂れた三つ編みをなぞる。
それは残酷なほどに艶やかな仕草だった。
ルルーシュはスザクを愛している。
そして誰よりも愛されているにも関わらず、時折こうして他人を悪戯に誘惑するような真似をするのだ。



















「誕生日おめでとう、ジノ」



















華やかな笑顔と優しい声に、はらりはらりと心臓が剥離するような痛みを覚える。
ズルイ人。
本当に、酷い人。

「殿下、僭越ですがもうひとつだけ私の願いを申し上げても宜しいでしょうか…」

ルルーシュは何も言わない。

「貴方と同い年でいられる一週間、…いえ、今日だけで良いから、貴方の名前を呼ばせて下さい…っ」

チクチクと痛んでいた胸が、とうとう掻き毟りたいほどの熱さに変わった。
七日間しか、彼と同じ目線ではいられない。
けれど一週間なんて、恐ろしく速く疾走してしまうに違いないのだ。

それならいっそ、と頭を過ぎる。
いっそ、彼を傷つけたいと思う。
何故ならルルーシュは自分を傷つける相手が好きなのだ。
けれどどうしたって、自分は彼を傷つけられない。
大切にしたい想いばかりが募る。
それが意味するのは、決して愛してはもらえないということ。
いつからかそのジレンマで、胸が裂けそうだった。
その息苦しさを汲んだのか、穏やかな瞳が同情を宿す。

「スザクが帰るまでなら、構わない」

ルルーシュは躊躇うこともせず冷たい指を背に回し、肩甲骨を撫でた。
堪らなくて、華奢な肩をきつく抱いた。
息が出来ないほど、強く。
そして静脈の透ける薄い耳朶に唇を寄せた。

「………ルルーシュ、」

結局何を伝えても無駄になるのは知れていて、だから代わりに彼の名前を呼ぶ。
例えそれが、七日後の彼の誕生日には淡く溶けてしまうほど儚いとしても。
敬称のない名前は無防備で、もうすぐ降るだろう初雪のように無垢だった。

- fin -

2009/11/27

(愛してる。ルルーシュ、俺は誰にも負けないくらいあんたが好きだったんだ)
Happy Birthday! Dear Knight of tree.                


<おまけ>※以下反転


「ルルーシュ殿下、ただいま戻りました!」
「おかえり我が騎士。…思ったより帰りが早かったな。久々の休暇は楽しめたか?」
「え、ええと…!はいっ」
「そうか、それなら良かった。このあとも公務はないから、今日はそのままさがって良いぞ」
「イエス、ユアハイネス。…あ、れ?」
「スザク?どうかしたか?」
「………ルルーシュ」
「ん?」
「そういえばルルーシュは、今日何してたの?」
「…え゛!?」
「私は貴方の騎士です。いくら休暇とは言え、私の不在時にルルーシュ殿下に何かあれば大事です。・・・ね、お答えください。殿下?」
「い、いや、特に変わったこともなく、…ああ、そうだ、本を読んでた!それだけだ!」
「ふうん、寒がりな君が、こんなに冷たくなるまで?」
「そういうこともある。い、痛い!離せっ、近づくな!」
「僕から離れないといけない理由でもあるの?」
「………」
「匂いがする。ジノのパルファム、だよね?」
「………………っ、」
「浮気?」
「違う!」
「そういえば今日はジノの誕生日だったよね。遠征も今日で終わりの予定だっけ。浮気?」
「うううううう浮気じゃ、ない!誤解だ!!2回も言うな!」
「じゃあなんなのさ!わざわざ僕に休み取らせて、バレないように他の男と会うとか信じられないんだけど!?」
「だ、だって」
「何」
「ヴァインベルグ家の名前はやっぱり権力的に魅力だし、ナイト・オブ・スリーだぞ!?」
「何それ、君どれだけ権力好きなの!?」
「大事だ!俺には実際何の力もない!家族やおまえを守るのに、後ろ盾とコネクションと駒はいくらあっても足りない!!」
「…ちょっと、さすがにジノが可哀想になる」
「どうしてだ?俺はジノが好きだし、ちゃんと優しくしたぞ?許すのはハグまでだが」
「余計たち悪いよ!?」
「?」
「…うわー、ジノも僕も可哀想」
「す、スザ、気を悪くしたなら謝るから!悪かったって。な?」
「可愛く言ってもダーメ。っていうか、今日は可愛く言うほど逆効果だからね」
「っち、」
「あーもー、君はほんと酷い皇子様だよ。…よっと」
「ちょ、お、おい!降ろせ!命令だ!」
「はいはい、ベッドに行ったら降ろしてさしあげます。今日はもうご公務はないんでしたね?」
「お、おい、今日の公務はないが明日は朝から…」
「男の純情を傷つけたんだから、その分おしおきだよ。それもふたり分」
「〜〜〜〜っ!!離せーーーーーーーー!!!!」