起死回生恋愛理論


HappyBirthday

誕生日に恋に落ちた。

「…なあ、」

相手は、屋上から落ちるところだった。

「ここ、俺の家なんだが」

死にたがりに、恋をした。

















































母と妹と暮らす自宅マンションの屋上は、物心ついた頃からルルーシュの秘密基地のようなものだった。
そこそこ展望の良い屋上は日差しを遮るものもなく、しかも一級河川に面していて気持ちが良い。
ルルーシュは何をするでもなく、そこで暇を潰すことがよくあった。

今日は朝から母と弟妹は何かと忙しく、それが自分の誕生日のためだとわかっているから妙にくすぐったかった。
しかし慣れないケーキ作りに奮闘する弟と妹は実に愛らしくかった。
だがそれ以上に、包丁や電動ミキサーで怪我でもしないかと気を揉んだ。
結局とうとう手を出そうとして、「兄さんが作ったら意味がないじゃないか!」「そうですよ。出来上がるまで 、お兄様は散歩でもなさっていていて下さい」と二人の総攻撃を受けて家を追い出されてしまった。
今年の誕生日は土曜日に当たったため、学校という逃げ場もない。

自然と足はマンションの屋上に向いた。
最上階のロックされた錠を外し、階段を上がる。
風が痛いくらに冷たかった。
さすがに寒いが、部屋に戻れば優しい妹が温かい紅茶を入れてくれるだろう。
そう思えば、しばらくは寒さも耐えられそうだった。
十八の誕生日は、そうして何事もなく穏やかに過ぎるはずだったのだ。
そう、たった一つのイレギュラーさえなければ。









*









屋上には珍しく先客がいた。
珍しく、という表現は正しくはない。
ルルーシュが知る限り、この屋上で人と会うのは初めてだった。

「…なあ、」

ついでに言うなら、自殺しようとしている人間に出会うのも初めてだ。
彼はこちらに背を向けて、フェンスの向こう側に立っていた。
風は冷たかったが、雲は少なく清々しい天気だったから、一見すれば景色を楽しんでいるようにも見えた。
細身の背中も、どこか愉しげで伸びやかだった。
けれど悪ふざけではないと言い切れるのは、脱ぎ捨てたスニーカーがフェンスの手前に鎮座していたからだ。
ご丁寧に、靴の中にはソックスが詰め込まれ、その下には遺書らしい真っ白な封筒まであった。
そんな状況でも不思議と慌てなかったのは、彼の裸足の両足ばかりが気掛かりだったのだ。

「ここ、俺の家なんだが」

風が吹いて、彼のくるくるとした茶色い癖毛がふわりと揺れる。
声を掛けると、彼は動揺する素振りもなくゆっくりと振り向いた。
カシャン、と細いフェンスが小さく軋む。
ひたとこちらを見つめる瞳は存外穏やかで、新緑に似たグリーンの虹彩が淡く滲んだ。
足取りに危なげなところは微塵も感じられない。
ルルーシュの姿を見て、彼は小さく小首を傾げた。

「…あれ、ここ立ち入り禁止だよ?」

「知ってる。おまえこそどうなんだ。このマンションの住人じゃないだろう?」

「僕は良いんだよ。だって今から死ぬんだもの」

今日の空のように、薄く澄んだ笑顔を浮かべて彼はこともなげに言った。
ルルーシュは溜息をつく。
視線の先には、やはり裸足の両足があった。
下を向いたまま、ルルーシュは彼に尋ねた。

「何で死ぬんだ?」

「悲しいことがあったからだよ」

「悲しいことって?」

「好きな子に振られた」

「今日ここで死ぬ必要性は?」

「君には言えないけど、僕にはあるんだ」

「どうしても死ぬのか?」

「うん」

「…じゃあ」

一歩一歩、フェンスに近づいていく。
白い封筒を拾い上げ、ひらりと翳す。

「死ぬ前に、俺の暇つぶしに付き合う気はないか?」

フェンス越し、1メートルにも満たない距離で問う。
彼は悲しいような、驚いたような、酷く傷ついたような、そんな複雑な表情を交錯させた。
くしゃりと音を立てて泣き出しそうな顔だったが、それは一瞬のことだった。
じっと考えるように、静かにルルーシュの手にある手紙を見ていた。

「うん、良いよ。僕が死ぬまで、付き合ってあげる」

そして無邪気な子供のように、スザクは笑った。
それから高いフェンスを猿のように軽々と越え、着地した。
靴下を履き、スニーカーの靴紐をきつく結ぶ。
ルルーシュは持ったままの手紙を裏返した。
封筒には律儀に名前だけ記されている。

「枢木スザク、か。良い名前だな」

「それ、しばらく預かってくれるかい?あ、中は見ないでね」

「安心しろ。女への未練が書かれた遺書なんて興味ない」

文字通り、死ぬほど好きな相手に届けるにしてはやけに薄い手紙だと思った。
わずかな違和感ごと、そのままコートのポケットにしまう。
とんだ誕生日になったものだ。

「じゃあ行こうか。…ああそう言えば、僕はまだ君の名前を聞いてないね」

「俺はルルーシュ・ランペルージだ。ちなみに、今日が誕生日だった」

「へえ、それは災難だったね。こんな自殺者拾うなんて。うん、でも、とりあえずお誕生日おめでとうルルーシ ュ」

ルルーシュは「ありがとう」と苦笑いをこぼす。
スザクはハッピーバースデーを、やや音を外しながら鼻歌で歌った。
ルルーシュは「へたくそ」と笑いながら階段に向かった。
しかし正直に告白すれば、ルルーシュはこのイレギュラーを楽しんですらいた。
何故なら、一瞬にして信じられないほど惹かれたのだ。
この、死にたがりの少年に。









*









「何処に行くの?」

「駅の近くのカフェ。おまえの格好を見てたらこっちまで体が冷えた。熱いコーヒーが飲みたい」

二人はマンションのエントランスを出た。
ルルーシュが言うように、スザクは薄着だった。
羽織っているのは白いパーカーだけで、コートはもちろん、マフラーも手袋も持っていなかった。
白い息で両手を温める彼を横目で盗み見た時、スザクが控え目なくしゃみをした。
どれだけの時間あの屋上にいたかは知らないが、当然体は冷えているだろう。
見かねたルルーシュは、嘆息して仕方なく自分の手袋を外す。

「…これ、しておけ」

「え、でも君は?ルルーシュ、見るからに寒がりみたいだし」

「俺はコートがあるから良いよ」

幸い、カフェはマンション横の橋を渡ればすぐそこだ。
寒さから少し早足になりながら二人はカフェを目指した。
自分の手袋に少し窮屈そうに手を通すスザクの姿がなぜだかひどくこそばゆく、裸になった両手を無造作にポケ ットに突っ込んだ。
彼から預かった"遺書"の角が、チクチクと手の甲に刺さっていた。

辿り着いたカフェは暖かく、鼻をつく石油ストーブ特有の匂いがした。
ルルーシュは冬を感じさせるこの匂いが好きだった。
コーヒーとカプチーノを一つずつ注文して、二人掛けの小さなテーブル席についた。
スザクもおずおずと正面に座る。

自殺未遂の少年とこうして向き合うという非日常が、次第に自分のありふれた日常に染まっていく。
ルルーシュはその馬鹿げた不思議さについて考えていた。

見たところ、スザクはいたって普通の少年だった。
顔立ちから日本人だとわかったが、日本人ならルルーシュの学校にも多く在学していたし、日本人とブリタニア 人のハーフである友人は同じ生徒会にも所属していた。
身体的に不自由のある妹の世話をしてくれているのも、日本人の女性だった。
だから特筆して珍しいということでもない。
そう、ルルーシュは感じていた。

しかしスザクは人目を気にするように、どうも落ち着かない様子だった。
大きな瞳が、好奇心ではなく周囲に臆したように揺れる。
その横顔を眺めていると、どうか笑ってはくれまいか、と切なくなるほどに祈りたくなる。
神など信じていないから、祈りに代わってぽつりと呟きがこぼれた。

「…ここ、妹のお気に入りの店なんだ」

「ふうん、そう」

「マスターが日本人で、共同経営者兼パティシエがブリタニア人。…二人はすごく仲の良い夫婦だよ。それに、 何よりコーヒーが旨い」

テーブルに頬杖をつき、最後は茶化すように笑う。
それまで気のないような素振りをしていたスザクは、はっとしたように顔を上げた。
険のある尖った瞳の角が柔く丸くなっていく。
その常盤色の奥にある煌めきに、ルルーシュはまた魅了される。

(いや、それだと語弊があるな)

思いついたことがおかしくて、声を殺して笑った。
堪えきれずに肩が小さく揺れた。

「どうかしたの?ルルーシュ」

「いいや、何でもないさ」

いい加減、認めざるをえないだろう。
自分はこの自殺未遂の見ず知らずの少年に恋をしたのだと。

「それより、砂糖はいくついる?」

「…じゃあ二つ」

鼻白んだ様子を見せながら答えたスザクに、ルルーシュは少し笑った。
それから、コーヒーが冷め切ってしまうまでずっと話をしていた。
信じられないくらい弾んだ会話が途切れたのは、ルルーシュの携帯電話の着信が鳴った時だった。
無視をするわけにもいかずに携帯を確認すると、所在を訊ねる弟からのメールだった。

「帰ってあげなよ、きっと君を待ってる」

出逢った数時間前はどこか荒んだ視線をしていたスザクが優しく笑うから、余計に名残惜しくなる。
カフェを出ると寒さが沁みた。
別れが近すぎて、今度は彼に手袋を貸すことも出来ない。
ひとまず駅に向かう。
彼の家は知らなかったが、話を聞く限りこの近所ではなかったらしい。
何故あのマンションを死に場所に選んだかは、ついぞ訊ねることは出来なかった。

「…連絡先、聞いても良いか?」

先を歩きながらの問いに、彼はごめんと呟いた。
そんな気はしていたが、それでも胸を刺す痛みは消えなかった。
きっともう会うことはないだろう。
ましてや、明日彼が生きていてくれる保証すらどこにもないのだ。
マフラーに顔をうずめるようにして、乾いた地面に目を落とした。

「…でも、ありがとう」

風に紛れそうになった小さな声はそれでも耳に届いて、また切なくなった。
せめて明日の彼が生きているようにと、願うことしか出来ない。
とうとう駅のロータリーまで辿り着いて、ルルーシュはくるりとスザクに向き直った。
ルルーシュが口に出来なかったサヨナラの言葉を、彼の唇が形作るのが見えた。
もう諦めたように、それを見守るしかない。
けれど、それが音になる前にスザクは不意に遠くを見て表情を強ばらせた。

「スザク…?」

彼の視線の先で、鈴を転がすような声がした。
ルルーシュのよく知る声だった。
聞き覚えのあるその声に、ルルーシュは思わず振り向いた。

「ルルーシュ!」

桃色の長い神をなびかせ、頬を上気させて少女が駆け寄ってくる。
はにかんだように微笑むのは、一つ違いの従姉妹のユーフェミアだった。

「良かったぁ。私、今からルルーシュの家に行くところだったのよ。お誕生日のプレゼントをどうしても直接渡 したくて!それでね、ナナリーとさっき、」

「…ユフィ」

けれど、彼女の愛称を呟いたのはルルーシュではなかった。
カチカチと、奥歯の鳴る音をルルーシュは確かに聞いた。
胸の裏側を砂で撫でるような、嫌な感覚を覚える。

「あら、…スザク!スザクですよね?」

ルルーシュの影に寄り添うように立っていたスザクの方へ、ユーフェミアが首を傾ける。
スザクを見ると驚いたように軽く目をみはり、両手を唇の前で合わせた。
薄いエナメルを塗った爪が、イルミネーションを反射してきらりと光った。
頬が紅をはいたように明るい色に染まる。

「まあ、二人は知り合いだったのね!素敵!」

軽やかに笑顔を振り撒くユーフェミアに反して、スザクは小さく震えている。
ぎこちない笑みだけ張り付けているが、触れれば崩れそうなほど危うい笑顔だった。
屋上のフェンスの向こう側で臆することなく立っていた脚だと思えないくらいに、彼の膝は情けなく萎縮してい た。

「スザ…」

心配になって指を伸ばしかけたが、思いがけない強さで振り払われた。
ぼろぼろと、スザクが作っていた表情が剥がれ落ち音を立てて崩れていく。
瞳のエメラルドが砕けていく様を、ルルーシュは呆然と見つめていた。

「…っ、ごめん」

一歩、スザクが後退る。

「ごめん、ユフィ、…ルルーシュっ!」

「スザク!」

絞り出すように叫ぶと、スザクはそのまま駆け出した。
運動神経が並外れていることは気付いていたが、あっという間に距離が開く。
寒さで固まっていた手足はすぐには言うことを聞かない。
きょとんとしたままのユーフェミアを振り仰ぎ、わずかに逡巡したが自分の家に先に行っているように指示した。

「すまないが…」

「いいえ。私は大丈夫よ。ナナリーとロロと一緒に待っています。ルルーシュ、スザクは私にとってもすごく大切な友人なん です。だから、」

スザクをお願いね、と言う時だけ菫色の双眸がひたりと真剣みを帯びた。
しとやかに手を振るユーフェミアを後目に、スザクの消えた方角へ走る。
正直、当てもないしスザクに追いつく自信もない。
だけど今の彼は放ってはおけない。
初めて見たスザクの背中を思い出す。
あの時、あと一歩踏み出せば死ねる場所に彼は立っていたのだ。
走りながらひゅっと喉が鳴り、胸が冷たくなった。
彼が死にたがっていたことが、今更になって酷く恐ろしいことだと気付いたのだ。

よく考えてみれば、ルルーシュはスザクに今日初めて会った。
友人ですらない。
彼が誰なのかも知らない。
何を考えて死のうとしたのかも知らないままだ。
だけど、もう二度と会えないのは嫌だった。
自分の前から消えるなんて、許さない。

ユーフェミアと別れた時はまだ明るかったが、この季節では陽が落ちるのはあっという間だ。
薄暗くなる周囲に不安を煽られながら地面を蹴る。

「…っ、死ぬな、よ…!」

今見つけられなければスザクは一人で死んでしまいそうで、それを考えるだけで胸が潰れそうだった。









*









ようやく見つけたスザクは、マンションの屋上に戻っていた。
散々探し回ったあげく、まさかと思って踵を返したのだ。
スザクは膝を抱えてフェンスの向こう側から凭れかかっていた。
泣いているのかと思ったが、その瞳は乾いていた。
真っ白な息を吐くルルーシュを見ても、今度は逃げなかった。
かわりに、疲れたように笑っただけだった。

「…見つかっちゃった」

ルルーシュは黙って、フェンス越しのスザクと背中合わせに腰掛けた。
スザクも沈黙を守っている。
訊きたいことはたくさんあったはずだ。
けれど何一つ言葉にはならず、仕方なくオリオンの三ツ星を群青の空に探した。
ふう、とスザクが長い息を吐き出した。
諦めに似た細い吐息だった。

「僕、ユフィと同じ高校なんだ」

「…そうか」

ユフィ、と言う時だけかすかに優しくなるスザクの声が、ちくりと胸を刺した。
視線がオリオンから落下して、自分の靴先に墜落する。
ユーフェミアが通うのは、所謂特権階級の身分の子息女ばかりの学校だ。
本来なら、日本人が在学しているはずもない。
スザクの事情はわからないが、彼が生活するには居心地の良い場所だとは思えなかった。

「ルルーシュはユフィの学校知ってるよね?あの学校で、日本人は僕だけな んだ。…だからね、一年の時から僕はずっとイジメに遭ってて、…あ、えっと、それはまあ…大丈夫だったんだ けど」

スザクはたどたどしく説明をする。
白い息が暗がりに揺れるのを感じた。

「僕が二年になって、ユフィが入学してきた。彼女は、僕と友達になってくれたんだ。友達なんて、初めてでき た。ユフィは、僕にたくさんの初めてをくれた。初めて僕の名前を呼んでくれたし、僕のこと馬鹿にしないで笑 ってくれた。おはようって言ってくれた。僕と一緒にお弁当を食べてくれた。僕のこと偉いねって、褒めてくれ た。誰かと喧嘩するのも初めてだったし、誰かに優しくされるなんて、本当に初めてで、…僕は考えたこともな かった」

抱えていた膝をさらに縮こめる。
合わせた背中が震えていた。
ルルーシュは思わず身じろいで、スザクの後ろ姿を見つめた。
まるで寄る辺ない子供のようだった。
消え入りそうな小さな声で呟く。

「ユフィが大好きだった…」

大きな背中を丸めるスザクは、可哀想で、可愛かった。
愛おしさばかりが募る。
じくじくと体の真ん中が痛い。
それほどまっすぐで切ない声だった。
いっそ抱きしめてしまいたかったが、スザクが差し伸べて欲しいのは自分の腕ではない。

「だけど、ユフィは僕の恋人にはなれないって言ったんだ…!僕じゃ、駄目だからっ、て」

ぎゅうっと体を丸める。
ルルーシュはその頼りない背を見つめた。
だから死ぬことなんて考えたのかと、どこか冷静なままの頭がそう考えた。
しかし、ふいに頭を上げたスザクが振り返る。
目が合い、ルルーシュはそれが間違いだと知る。
ぎらぎらと、常盤色の瞳が敵意に燃えていた。
矛先は、間違いなくルルーシュだった。

「ユフィは好きな人がいるからだって。昔から、従兄弟だけが好きなんだって、そう言ったんだ」

その一言に、息が止まる。
スザクがフェンスに指を掛け、二人を隔てるフェンスががしゃんと大きく撓んだ。
ルルーシュは瞠目した。
スザクを殺しかけたのは。

(………俺?)

嫌な動悸が喉元までせり上がる。
表情を凍りつかせたルルーシュを見て、スザクは尖った眦を緩めたようだった。

「ユフィは憎くなかったけど、ルルーシュのことはすごく恨んだ。全部が、ルルーシュのせいに思えた」

言いたいことを吐き出したためか、スザクの強張っていた肢体が少しだけ弛緩する。
ぶらぶらと高い空に足を投げ出し、月を見ていた。

「だからね、君の誕生日に君のマンションで死のうって思ったんだ。そうしたらさ、きっと君も少しは気分悪く なるだろうなぁ…って」

悪ふざけを告白する子供のように、スザクは愉しげだった。
自分を傷つけるのが目的だったなら、それは十分果たせたと言ってやりたい。
それで彼が救われるなら、ルルーシュは構わなかった。
事実、今は指先すら動かないほど体中が冷たかった。

「…あーあ」

スザクは大きく伸びをすると、じっとルルーシュの瞳を覗き込んだ。
先程の憎悪の色は消えていた。
ルルーシュの知る、穏やかなエメラルドグリーンだ。
幼い顔立ちの眉を寄せ、自嘲げに笑ってみせた。

「でも失敗しちゃった。まさかルルーシュ本人が屋上に来るなんて思ってなかったし、ましてや君につき合わさ れるなんて本当に予想外だった。だからどうせなら、一緒にいる間に目一杯嫌な思いさせて、それからもう一回 死のうと思ってたんだ、初めは。…でもね」

照れ笑いに、複雑に苦さがに混じり合う。
淋しそうな横顔だった。

「もっと予想外だったのは、ルルーシュがとっても優しかったこと。それから…僕がルルーシュを好きになった こと。だから、僕の負け」

スザクは立ち上がりながら言った。
ルルーシュはまさかと思って慌てたが、彼はくすりと笑っただけだった。

「安心してよ。大丈夫、もう死んだりしないから」

ポケットに手を突っ込み、フェンスに身を預けることもなくまっすぐ立っていた。
しっかりとした背筋に反して、途方にくれた迷子の子供のような目をしている。
ルルーシュも立ち上がろうとして、その時にコートの中でがさりと音がした。
スザクに託された、遺書だった。
それに気付いたスザクが、顔だけをこちらに向けた。

「そうだ。それ、もう捨てて良いよ。中には『ルルーシュのせいです』って書いてあるんだ」

馬鹿みたいだろう?とスザクは笑いながらそれだけ言って、また前を向く。
ルルーシュはコートからそっとそれを抜き取った。
スザクの言葉と一文字も違わないメッセージが書かれていた。
筆圧の強い文字を指で辿る。
ルルーシュがまだスザクを知らない時に書かれた自分の名前が、なんだかとても不思議なものに思えた。

「…なあ、スザク。これ、俺が受け取っても良いか?」

「…え?うん、まあいいけど。変なルルーシュ。そんなものどうするの?」

「だってこれじゃあまるで、熱烈なラブレターみたいだと思わないか?」

その思いつきに、思わず自分で破顔する。
手紙を再びポケットにしまい、フェンスの向こう側へ、手を差し伸べた。
スザクは驚いたように、少し怯えたように目をみはった。
自分のせいだと彼が言うなら、永遠にルルーシュのせいにすれば良い。
一生、背負ったって構わない。
ただし負うのはスザクが"死ぬ"責任じゃない。






















































「こっちへ来いスザク。俺と一緒に生きよう」






















































呆然とルルーシュの指先を眺めていたスザクの双眸が揺らぐ。
そして、突然ぐしゃぐしゃと顔をしかめた。
溢れるように幾筋も涙が流れていく。
スザクは声をあげて泣いた。
その声を聞きながら、ルルーシュは目を細めて眺めていた。
産声に似たそれが、夜空に響く。









*









ようやく涙が止まり、しゃくりあげる痙攣だけが涙の名残になった頃、スザクは覚束ない足取りでフェンスを超 えた。
差し伸べたままのルルーシュの手に、怯えながら、躊躇いながら、それでも彼は触れた。
温かさを知った手が、きつくルルーシュのてのひらを握りかえす。

「今度は、君が死ぬまで僕が付き合ってあげる」

涙の跡が残る笑顔につられて、ルルーシュも笑った。
行こう、とスザクの手を引っ張って促した。
家では毎年同様、母の作った料理と妹たちが飾り付けたケーキが待っているはずだった。
今年は家族全員と、それからユフィとスザクとそれを囲みたかったのだ。



























































(生まれてきてくれてありがとう)



























































最低で、だけど最高だった十八歳の誕生日。
ルルーシュは、その言葉の意味を知った。

- fin -

2009/12/5

Happy Happy Birthday!Dear Lelouch.