星に願いを


Astro-E2

本当は、何も叶えてくれなくてもいいんだ。
ただ、僕の望みを知っていて。
それだけが、唯一の願い事。

















































ラブレターは下駄箱に入れるもの。
なんて古典的なこと、今時信じている人間はそういない。
しかし僕の想い人は、誰よりも大和撫子然としていることを忘れていた。
それから、何故かハッキングやらピッキングが得意であるということも。

七月十日。
自分の誕生日に学校ではじめに目にしたのは、ご丁寧に破壊された僕の下駄箱の錠前だった。
宛名と差出人しか記されていない、素気ないほどシンプルな封筒を手に取る。
糊付けはされていない封を、指でひらひらと弄る。
中身を見るのは、そこそこ勇気がいるのだ。

ルルーシュに別れようと言ったのは、二週間も前だ。
それからルルーシュは、今日まで何もアクションも起こさなかった。
安堵と落胆の入り混じる複雑な二週間を、普通の友人同士として過ごしてきた。
今更、という気持ちがないわけでもない。
ルルーシュから切ってくれなければ、決心が鈍ってしまう。
それが、ただ怖かった。

今ですら、彼の気配の残る手紙を抱きしめてしまいたくて仕方がないというのに。
深呼吸して、躊躇うことなく手紙を引っ張り出す。
便箋には誕生日に関するメッセージは一切なかった。





























『放課後、屋上に来い』





























たったひとつの言葉。
ルルーシュの意図なんてわからないのに、飾らない彼らしい文章が胸に落ちる。
質量を持って落下したそれは、ことん、僕の中で硬質な音を響かせた。

(うん、行く。行くよ、絶対)

ルルーシュの気配に、そっと耳を澄ます。
馬鹿だと自嘲する声が聞こえても、従順に頭を垂れることが止められない。
その時、ポンと背中を叩かれた。

「おはよースザク!でもって改めて誕生日おめでとうっ!」

「あ、おはようリヴァル」

「何真剣な顔して突っ立ってるんだよ!誕生日だろー」

「えと、なんでもないよ」

慌てて封筒を鞄にしまう。
けれど間に合わずにリヴァルは目ざとくそれを見つけた。
やっぱり、古典的なシチュエーションに「まさか」という驚きを目に浮かべて。

「うっわ!誕生日にラブレターかよ!?」

「わー!いやだから違くて!」

「はは。ま、いーよ。そんな古風な告白するような子吊るし上げじゃかわいそうだしな」

「…僕、リヴァルのそういうとこスキ」

「そりゃどーも。俺は男に好かれても嬉しくないけどな。 それより、今日ルルーシュ欠席だって?どうかしかのか?」

「えっ!?」

リヴァルの気遣いに安心していたところに思わぬ爆弾が落とされた。
思わず鞄に入れたはずの手紙を確認してしまう。
昨日ルルーシュは、シャーリーとスザクの誕生日パーティーを早退した。
他の男性陣は最終的な後片付けのため、一緒に門が閉まるギリギリまで校内にいたので、この手紙は朝入れられ たはずだ。
ルルーシュのことだから、セキュリティなんて何の意味もないのだけれど、疲れているのはここ数日の様子を見 てもわかっていたから、夜には来ないように思えた。

「…ごめん僕も聞いてないや。もしかしたら風邪かもしれないね」

「あー…あいつ昨日、最近あんまり寝てないみたいなこと言ってたしなぁ。やっぱり風邪かぁ。でも夏風邪なら 、無理してでも来そうだけど。無駄にプライド高いからな、ルルーシュは」

「そうだね、夏風邪なんて絶対言わなそうだ」

話を合わせて、そのまま二人で教室に向かう。
放課後ルルーシュは来るのだろうかと、ちらりと思案してみたが、きっとスザクの行動は変わらないのだろう。









*









「…わあ、綺麗な曇天」

放課後、僕は手紙にあるとおり屋上にいた。
泣き出しそうな曇り空を見上げ、わざと皮肉を独りごちてみた。
そのまま、屋上にごろりと寝そべる。
もう何時間もこうしているが、手紙を寄越した本人は現れない。
完全に日は暮れ、肌寒さすら感じる刻限になっていた。

(嫌がらせの可能性がないわけじゃないからなぁ。だってルルーシュだし)

元・恋人は、身内以外には存外陰険で性悪なのだ。
それでもこれが彼からの罰のつもりなら、甘んじて受けなければいけないような気がする。
諦めたように目を瞑った時、屋上の扉が荒く開けられた。
金属のぶつかる大きな音がして、思わず身を起こした。
扉に体当たりするようにもたれていたのは、暗がりの中でも彼だとすぐにわかった。
夜目に慣れていないのか、何かを探すように落ち着きなく屋上を見回している。

「…ルルーシュ?」

小さな声で名前を呼べば、一瞬弾かれたように驚いた顔をして、それから心底安心したみたいに深く息を吐いた 。
ピンと張り詰めた糸がゆるゆると解けるように、ルルーシュは上体を崩し膝に手をついて体を支えた。
そうでもしないと、すぐに細い膝が笑ってしまいそうなのが見ているだけでもわかった。
まさか屋上まで駆けてきたのだろうか。
必要最低限以上の運動を好まない彼が、そんなことするわけないと思う。
だけど、いつも涼しげな額には流れるほどに汗が浮かんでいて、それを証明しているようだった。
華奢な肩があまりに激しく上下して呼吸をするから、声をかけるタイミングが判らなくなってしまった。

(やめてよ、勘違いしたくなるだろう)

僕のために走ってくれた、なんて。
もうありえないのに。

「ルルーシュ」

もう一度はっきり声を出すと、ルルーシュは呼吸を整えたのかきっと僕を睨みつけた。
つかつかと毅然と寄ってくるが、僕はまだ床に腰をおろしたままだったので、ルルーシュの痩躯でもやけに威圧感が あった。

「俺は、怒ってるんだ!」

わざわざ宣言しなくとも見ればわかる形相で、細い眉を吊り上げるものだから、思わず腰が引けそうになる。
ルルーシュは鞄の中から手のひらに収まるほどの袋を取り出すと、僕の頭上に掲げた。
そして、

パンっ、と勢いよく叩き割った。

瞬間、嫌になるような曇天に、きらきらと星が降った。
こつんこつんと鼻先にぶつかって、床に当たってはコロコロと数回弾んだ。
それはとても懐かしい気がする。





      色とりどりの、星に似た小さな金平糖だった。





「…おまえの願いなら、俺が全部叶えるから、」

呆然としたままの僕を、ルルーシュは痛いくらいに抱いた。
泣き笑いのような表情が瞼に焼き付く。
細い指が夏服越しの肩に食い込んでいる。
火傷したみたいに胸がひりひりして、鼻の奥が痛かった。

「…だって、留学は」

「留学はしない。俺の論文が一人にしか認められないと思ったら大間違いだ。ふん、こっちでいくらでも評価さ れてやるさ」

「ナナリーの手術だって…」

「…ナナリーは、一年間本国の親戚が面倒見てくれる。毎日電話するし、休みになったら必ず会いに行く」

「………だって、」

「まだ文句があるのか?」

笑いを含んだ声に、とうとう涙がこぼれた。
ルルーシュは僕の肩口に預けていた顔を上げ、両手で僕の頬を包んだ。
耳朶に触れる指が熱かった。
しばらく彼の優しさに恍惚と浸っていると、不意をついて思いきり頬をつねられた。

「い、いひゃい!!」

「よく聞けスザク。全体的に、おまえに何も相談しなかった俺が悪かった。それについては謝ろう。だが!いい か俺は怒ってるんだっ。おまえが勝手に煮詰まったせいで、今年の七夕の計画は台無しだ!!」

「ううー。ごめんなひゃいごめんなひゃいー!」

「だから」

仕切り直しだ、と言って鞄から金平糖の袋をもう一つ取り出した。
子供じみた願い事を許すように、淡くほのかに光に透けた。
ようやく指の外された頬はジンジン痛みを訴えたけれど、どうしようもなく緩んでしまう。

「これが、今年の誕生日プレゼントだ。…もう生産しているところがなかなかなくてな、探すのに苦労した」

「もしかして、これ買いに行ってたから学校休んだのかい?」

期末試験も近いのに、と呆れて言うと、ルルーシュはふいとそっぽ向いた。

「七夕に続いておまえの誕生日まで失敗に終わったら、俺のプライドが許さないんだよ」

不貞腐れた横顔が薄く朱色に染まって、僕は本当に馬鹿なことをしようとしてたんだなぁと漠然と思った。
ルルーシュは二つ目の袋をも惜しげもなく開けると、一粒指に摘んで、そのまま僕の口に放り込んだ。
口の中でじわりと懐かしい甘さが広がる。
曖昧に噛み締めた唇を、ルルーシュの人差し指が悪戯になぞった。

「ひとつ食べるごとに、願い事ひとつ言えよ?」

たくさんの星を持ってきたその人は、それは楽しそうに笑う。
あまりの甘さに戸惑いながら、どうしようかと逡巡し、ルルーシュの耳元に唇を寄せた。
七夕に何も願わなかったかわりに、僕は小さな声で願い事を告げた。

「あのね、」

- fin -

2009/8/15

(ずーっと一緒にいてね!)

*

Happy Birthday    Dear Suzaku!