愛の才能


 

世界に愛されない僕らに、愛の才能なんてあるはずもなく。
愛したい欲求だけが、ただ募る

















































たった今、最終の電車が行ってしまった。
最悪のタイミングに、ルルーシュは憚ることなく舌打ちをする。

「くそっ、……タクシーか」

煌びやかな繁華街の真ん中、いくら制服ではないといえど、学生が出歩くのには あまりにも適さない。
ルルーシュとて、普段なら好んでこんな時間にこんな場所に来たりはしない。

何故このような場所に赴いたかと言えば、9時を少し回ったあたりで、どこぞの レジスタンスが東京租界で突然テロを起こしたからだ。

情報のキャッチはブリタニア軍の方が早かったため、黒の騎士団を動かす必要は ないと断じたし、ルルーシュ自身それだけなら興味すらなかった。

しかりタチの悪いことに、そのレジスタンスグループが黒の騎士団を名乗ったのだ。
そのため、報道を始めとして一時的な混乱が生じた。
どの道、軍に捕まれば黒の騎士団と関わりがないことはすぐに判明する。
だがそれを放置するのが果たして得策か微妙なところだったので、 独断で一人現場付近まで出向いてきた。

結果的に騎士団を出す必要はなかったが、思った以上に民間への被害を多く出し 、それになんだかんだと巻き込まれているうちに、時計の針は頂点を越してしま った。





結局、終電も逃してしまい、ルルーシュは地下鉄の構内に取り残された。
仕方なく一番近い出口へと足を向ける。

ここから家までの道のりを考えるとにわかに憂鬱で、うんざりと溜息をついた。
がらんとした駅の構内では、静寂が耳に痛い。



その時、やけに響く自分の靴音に混ざって、携帯のバイブレーションが着信を知 らせた。
発信元は、今や骨董品の域に入る公衆電話から。
こんな時間に掛けてくる心当たりがあるため、悪戯電話の可能性も考慮せず、ル ルーシュは迷わずに通話ボタンを押す。

「あ、ルルーシュ?ごめんね遅くにっ」

「いいさ、どうせいつも起きてる時間だ。どうかしたのか?」

「うん。あのさ、明日朝から学校行けるって言ったけど、ちょっと遅れるかもし れなくて…」

「わかった、先生には伝えておくよ。…仕事か?」

予想にたがわないスザクの声に、ささくれだった胸を撫でられるのも束の間。



―――それとも、ユーフェミアの傍にいるのか?



という言葉は、己の高い自尊心で隠しおおせたけれど。

「ううん。仕事はないんだけど…その、終電逃がしちゃってさ…」

「は…?おまえ、今どこにいるんだ?」

「ええと、シブヤだよ。ついさっき終電出ちゃったみたいで」

「奇遇だな。俺も今シブヤの地下鉄にいる」

「嘘っ」

「じゃない。目の前で終電が出たんだ」

「じゃあすぐ行くから!駅のどこにいるの!?」

「どうせ地上に出るだろ。だったら、租界側…南口の出口で待ち合わせよう」

「わかった、南口だね。すぐ行くっ」

ぶつんと音を立てて通話が遮断される。
たとえスザクが北口方面にいようとも、この勢いだとルルーシュより早く南口に 着いてしまうかもしれない。

無駄にスザクに心配させるのも気が引けて、心持ち急いで、階段をのぼった。
しかし幾度か曲がらなくてはならない深い地下鉄の階段は、ルルーシュが思ったより長 く、しばらくあがるうちにスザクへの気遣いはあっという間に消えたが。

代わりに、バタバタと慌ただしい足音が下へと駆けて来るのが聞こえた。

「ルルーシュ!もうっ、遅いから迎えに来ちゃったよ」

「…おまえどこにいたんだ」

「え、北口のあたりかな?」

きょとんとしたスザクに他意はなく、不思議そうに首を傾げる。

「………。まあ良い。とりあえず外に出るぞ」

「そだね」

規格外の奴と自分を比べるなんて愚かな行為だと自分に言い聞かせながら、ルル ーシュはスザクから目を逸らす。
せめて息は乱すまいと決意し、先の長い階段を見やり、ルルーシュは大きく息を 吸い込んだ。

隣を歩くスザクは軍のジャケットを腕に抱えていて、仕事帰りのサラリーマンの ような風体。
明らかにスザクの方が童顔なのに、並んでしまうと自分の方が年下 に見える状況が不服で、ルルーシュは「…詐欺だ」と相手に聞こえない声音で呟いた。

ようやく二人が出口に着いた時、ルルーシュは自販機を見つけ、何も言わずに硬 貨を二三放り込む。

「ほら、走ってきた褒美だよ」

「ありがと」

冷えたスポーツ飲料の缶をスザクに放り投げて、自分の分のコーヒーを買うべく もう一度ボタンを押した。

そのまま二人でガードレールに寄りかかって喉を潤す。

ルルーシュの缶コーヒーはプルを上げる前に、「爪が割れるといけないから」 とスザクに取り上げられたが、わざわざ止めるのも面倒だったので、したいようにさせておいた。

「で、こんな場所で何してたの?」

「チェスの代打ちだ。相手はブリタニアの成金親父」

繁華街の夜は騒がしく、少し大きめに張り上げられた問い掛けに、ルルーシュはしれっ と偽りを言い返した。

「一人で?リヴァルは?」

「あいつは今日バイトだよ」

「こんな時間まで外にいて、どうやって帰る気だったの?」

「タクシーを捕まえようと思ってた」

「…今夜この辺りでイレブンによるテロがあったんだよ?知っててきたんじゃな いよね?」

しつこく食い下がるスザクに辟易して、コーヒーを一口、口に含む。

「こっちに来てから気付いたんだ。
…その格好ってことは、スザクは仕事だったのか?」

「うん。ナイトメアフレームを武装したレジスタンスグループだったから、出動 があって」

「…黒の騎士団か?声明が出ていただろう?」

冗談めかした質問は、嘲笑めいた笑いで薙ぎ払われた。

「ううん。今日のは全っ然ダメ!
命令系統も陣形成もぐだぐだで、あんなんで黒の騎士団とか馬鹿もいいところ!
僕も借り出されたけど、やりがいもなぁんにもない。 …ゼロなら、もっと綺麗な戦場を作るよ」

なかば恍惚と語られるそれに、かすかにコーヒーの甘味が増す。
なんて甘い告白だろうかと、キスの一つもしたくなる。

「しかしそれなら、軍のトレーラーで帰れただろ。こんな時間まで、おまえこそ何して たんだよ」

「民間の負傷者が多くて…。手当てに残ってたらこんな時間」

「……馬鹿だな。でも学校に遅れるかもしれないって、おまえ始発に乗るつもり でいたのか?」

「うん。電車代くらいはあるけど、タクシー乗れるだけのお金、持ってなくて…」

そう苦笑して、残金がせいぜい文庫本一冊程度しかないことを明かす。
それも紙幣でなくすべて小銭だと言うから、ルルーシュはほとほと呆れた。

「だからさ…」

その続きは多分、タクシーの相乗りを頼むはずだったのだろう。
けれど、そんなこと言わせはしない。
掠めるような一瞬のくちづけで、黙らせる。
お互い目を瞑りもしない、情緒のないキス。

驚く翡翠が丸く開かれるのが、怪しいネオンに照らされ実に爽快だ。

「…苦いよ」

コーヒーのついた唇を舐めとり、スザクは眉をしかめた。

「どうしたの?いきなり」

暗に、屋外での行為を咎める言葉を寄越される。
構わず、ルルーシュは出来る限りいやらしく口角をあげて、今度は舐めて吸うよ うな接吻を。
健やかなジェイドが情欲に染まるまで、刻みつけてやる。

「…っん、」

思惑通り、スザクは角度を変えて抉るみたいに深く熱を帯びた舌をねじ込んできた。
歓んでそれを受け入れると、より強く痛いくらいに口腔をなぶられる。

「…はっ、ぁ」

荒くなる息ごと飲まれて苦しさに喘ぐと、ようやく解放された。
唾液が糸引くのを、指ですくってぺろりと舐める。
行儀悪い動作を見咎めて、スザクの眉根が寄った。

「…こんなキスして、髪の長い彼女に悪いんじゃない?」

「はっ、関係ないな、あんな女。
おまえこそ、ユーフェミアにこんなキスをするのか?」

きつく吸われ赤く腫れた唇をわざと見せつけるようにルルーシュは顎を上げる。
どちらのものとも判別出来ない唾液が、該当の灯りでてらてらと艶めかしく照ら されていた。

「まさか。彼女は僕の主だよ」

「でも、求められたことはあるだろう?」

「……手の甲にだけだよ」

「躾のなってない犬だな。主以外にくちづけなんて、まるで狂犬だ」

「酷いな」

穏やかな苦笑混じりの弁解に、答えをわかっていながらルルーシュは指先がチク リと痛むのを感じる。

「君こそ…こんな時間まで一人で男の家に居たくせに」

けれど、それを口に乗せた途端、剣呑に眇められたスザクの瞳に、ルルーシュは ぞくぞくと背筋を這う程の快感に酔いしれた。

「別に、チェスをしてただけだろう?」

「本当かな。こんな遅くまでいて、チェスだけ?」


射殺すほどの激しい視線。
隠し切れない独占欲。
優しく響く、刺々しい詰問。


「負けた場合、賭けの対象はなんだったのかな?危ないのは、ねえ、どっち?」



























































とろけてしまう。
この歓喜に喝采を。
詰って責めて不穏で舐って締め上げて黙殺してしまうような、憎悪に満ちた強い 視線。
























ああ、なんて愛だろう。
ああ、なんて愛だろう。
























もっと疑えば良い。
もっと探れば良い。
もっと憎めば良い。
もっともっともっと、おまえの中心を俺にしてしまえ。
他の誰でもなく、俺を選べ。
隣にいられないのなら、せめて、情欲の対象に。

























「…それより、帰る足の話だったな」

























愉快だ。
実に愉快だ。


































ルルーシュはまるで、咎めるスザクに気づかないかのように振る舞って、矛先を 変えた。
残っていたコーヒーをすべて飲み干し、ルルーシュは凭れていたガードレールか ら背を離して、空き缶をごみ箱へと放る。
普段この手のシュートを、ルルーシュはことごとく外す。

「帰る?馬鹿を言うな」























































カコン。






















































けれど今日は縁にあたることすらなく、見事にカゴの中へ。
























ビビッドピンクのネオン。
スピード違反のスポーツカー。
こぼれ落ちそうな星空。
遠くの下卑たワライ声。
品の欠片もない繁華街。
白兜のデヴァイサーと、黒の騎士団トップが並ぶガードレール。
そして、決まったシュート。
二人ぼっちの夜だから、すべてが滑稽な必然。
























「今夜は泊まっていけばいいだろう?」
―――安いラブ・ホテルに。

皆まで言わない。
こんな夜はあくまでロマンティックでなければ。

暗黙のルールはそれだけ。
馬鹿みたいに、ひたすら愉しむ。

「明日、一限に間に合わないよ?」
―――君が僕だけのものだって、証明してみせて?

了解は、啄むような軽いキスで。

「始発なら、間に合うかもしれない」
―――どうぞ、ご自由に。開いて広げて探れば良い。

「…そうだね」
―――たくさんたくさん抱いてあげる。







いつものような優しい笑顔に、昔のような意地の悪さを張り付けて、いつもより 淫靡な微笑を浮かべるスザクに、ルルーシュはいたく満足を覚えた。
外気に冷えたスザクの耳朶ギリギリに唇を寄せて、囁く。





























さあ、その耳に残して。
さあ、この躰に刻んで。
目も眩むようなヘッドライトと、破廉恥なクラクションにも負けないくらい、し たたかに。




重厚な嘘と。
軽薄な、愛の言葉を!

- fin -

2007/8/5

川本真琴『愛の才能』