カメリア


―brossom―

花が。
己が胸にはひとつの花が咲いている。
その、花の名は。

















































額に触れる手の甲を感じて、ルルーシュは本から顔をあげた。
髪を梳いたスザクは柔らかく苦笑した。

「前髪、目にかかってたから」

「七年前も、おまえは同じことを言ったな」

「うん。だから僕が髪を切ってあげたよね。…覚えてる?」

「ああ、普段不器用な癖に、散髪だけはやたらと上手かった」

     何とかと鋏は使いようとは、良く言ったものだ。

揶揄を含むルルーシュの言葉に軽く笑って、「真剣だったんだよ。相手が君だったから」とスザクは囁く。

「それで、今日は何を読んでたの?」

「デュマ」

簡潔な言葉に、スザクはそれをタイトルとでも勘違いしたのか、難しそうだねと真面目な顔で言う。
ルルーシュは思わず笑ってしまった。
けれど、馬鹿な男と馬鹿な女の話なんて、スザクは知らないままで良い。

「それより、今日はもう全校生徒は帰宅なんだから。早く支度支度!」

「…下校時間にはまだ早いだろう?」

時計が指すのはまだ四時を少し回った程度。
生徒会のメンバーはルルーシュとスザク以外来てはいないが、
今晩はナナリーが友人宅に泊まることになっているので、もう少し本を読み進めてから帰るつもりでいたのだ。

「ルルーシュ放送聞いてなかったの?多分、校内に残ってるのは僕らだけだよ。ほら、外見てみなよ」

「外…?」

スザクの溜め息につられて、反射的に外を見た。
瞬間、目を奪われたのは        










「…雪、か」









白く、淡い結晶が吹きつけている。
舞うように、と比喩を使うには些か乱暴な降り方だ。
このままなら今夜のうちに積もるだろう。
下校時間が繰り上げられたのも、これで得心がいく。


     どうりで寒い訳だ。

一人小さく呟くと、嬉々とした様子のスザク抱きしめられた。

「だったら、僕があっためてあげるよ」

戯言のような口調が、突き放された時のための予防線なのだと、ルルーシュはすぐに理解する。
その、隠しきれない彼の臆病さに、胸の花が綻ぶ。
柔らかな花弁がふわりと開くのを、確かに感じた。

「………ばか」

抱きしめたいのなら、自分が壊れるまで抱いて構わないというのに。
色づく蕾には抗えず、されるがまま温かな腕にルルーシュは自ら身を投げ出した。
驚きながらも、スザクは安堵してさらに強く腕に力を込めたようだ。
きつく抱かれる感触に苦笑しながら、ルルーシュはそっとスザクの背に腕を回した。

「……雪、はおまえみたいだ。真白くて、それから…」

「そんなことないよ」

思ったままを言うと、ぴしゃりと言葉尻を遮られた。
それを否定したいスザクの気持ちもわからなくはなくて、ルルーシュはおとなしく黙った。
窓の外に目をやると、今まで気付かなかった椿の花が一輪、咲いているのに気がついた。
おそらく、雪の白さに映えなければ見逃していただろう。
世界を飲み込みそうなその白に、いつかの女の声がした。












                自分が、どんな色だったか、忘れてしまったからさ。











「…でも、やっぱり俺にとって、おまえは雪みたいだよ。スザク」

まるで自嘲のように微笑んでルルーシュが告げると、嫌々をする子供の仕草で、スザクは首を振った。

「聞きたくない、そんなこと。だって僕は、僕は…っ!」

「どんなおまえでも、俺はスザクが好きだ」



















鋭い枝がおまえの肌を酷く切り裂いたとしても。
寒さに凍えて、この胸の花が死んだとしても。
例え、決して実を結ばないと知っていても。
おまえが蒔いた種は、変わらず愛しいものであるから。
どうかこの花の名を、誰も知らずにいて。


































「好きだよ、スザク」


































この蜜を飲む権利は永遠に彼にしか得られぬものだと予感しながら、ルルーシュはそっとスザクの頬に触れる。
泣き出しそうに噛み締めた唇に、優しいキスをした。


窓の外。
雪の重みに耐えかねた椿が、音もなく地に落ちた。

- fin -

2007/12/4

花は、いつか散るけれど。