部内恋愛5題 バレー部編


 

■買い出しという名のデート■


これってデートかな、と。
浮き立つ心と、勘違いだったらどうしようと思う気持ちがジレンマの嵐となってスザクを襲う。
ちらりと窺う先には、テーピングを真剣に吟味するルルーシュがいる。
「今日の帰り、付き合ってくれ」と誘われるままに彼についてきた。
向かった先は隣駅の大型スポーツ用品店で、ルルーシュは不足していたテーピングとコールドスプレー、 それから湿布と絆創膏その他諸々を揃えるつもりらしかった。

(部活の延長ってデート…?それとも僕はただの荷物持ちなのかなぁ…?)

高すぎる可能性に溜め息を吐きながら、ついでに先日とうとう穴を開けてしまった肘用のサポーターを買おうと選んでいる間に、ルルーシュは買い物を済ませてしまったらしい。

「あ、ごめんね。すぐに買ってくるから」
「…白」
「え、何が?」
「サポーター。おまえには白い方が似合う」

ぱっと、僕の頬に火がついた。
デートだ。
これはデートだ。
少しだけ恥じらうように目を伏せたルルーシュに、 今日のこれは何が何でも絶対デートにしようとスザクは拳を握る。
せめてお茶だけでも誘おうと、買ったばかりのサポーターをぐしゃりと握りしめて振り向くと、何故だかきっと唇を引き結んで真剣な目のルルーシュに向き合って、思わず気勢を削がれてしまった。

「す、スザクっ」
「うえ、あ!はい!」
「近くに行ってみたかったケーキ屋が、その、あるんだが…」

行かないか、と小さく消え入りそうな声が耳に届く。
そういえば彼は朝から自分と同じくらいそわそわと落ち着かない態度だったことを、スザクはいまさら思い出した。



















■部内恋愛禁止条例■


アッシュフォード学園バレー部では、毎年部則が更新される。
更新といっても、大体は前年度と大きく変わることはなく、細々とした修正と確認で終わるのが常だった。
…だったのだが。

「ルルーシューぅ、突き指したー!」
「な…っ、またか!氷を取ってくるからそこで待ってろ!!」
「はーい」

へらへらと壁際でマネージャーの帰りを待つのは、悲しいなか我が部のエースだ。

「まったく、おまえは注意力が足りなすぎる。毎回毎回突き指なんて、余所見でもしてるのか」
「えへへ、ルルーシュを見てたら…つい」
「…馬鹿が」

こうしてイチャイチャと突き指の手当てをする姿を見るのも、もう一年近くになる。
いい加減、慣れた。
というか、耐性をつけなければやっていけない。
対人の相手がいなくなったリヴァルは何度目になるかわからない大きな溜め息を吐いて、 スザクが戻ってくるまでとりあえず隣のグループに入れてもらった。
おそらく、来年度の部則は最後の一文が削除されるだろう。

(確かにアホらしいけどさ。いまどき恋愛禁止、なんて)

しかし何かが釈然としなくて、リヴァルはむしゃくしゃとした気持ちを思い切りボールにぶつけた。
ああ、青春だなあ、なんて、彼方に飛んでいった白球を見詰めながら。



















■鍵の壊れた更衣室■


「何してるんだ一年坊主ども。さっさと寮に戻れ」
「あ、コーチ、すみません。でも、なんか部室の鍵が壊れたみたいで…」
「鍵?」

すでに帰り支度を終えたC.C.は、訝しげに眉を顰める。
試しにドアノブを握ると、部員が言うように確かに押しても引いても、扉はぴくりとも動かない。
しかし故障だと断じられないのは、鍵は回せばしっかりと開錠される音がするのだ。
ガチャガチャとドアノブをいじるも、扉が開く気配はなかった。
まるで誰かが部室の中から扉を押さえつけているようで、いささか気味が悪い。

「…おい、ルルーシュか枢木はどうした。こういうのはマネージャーか部長の管轄だろう」

らしくもなくムキになり、扉相手に奮闘したもその甲斐がちっともなかったことが腹立たしい。
苛立ち紛れに責任をルルーシュたちに押し付けようとしたところ、部員の一人が困惑した表情を浮かべる。

「それが…さっきから電話してるんですけど、全然連絡が取れなくて…」

二人ともまだ寮には戻ってないみたいなんですけど、と言われたところで、C.C.は薄い唇を歪ませた。
そしてドアを引くのをやめ、扉にぴたりと耳を押し当てる。
すると微かに、本当に微かだが、部室の中から聞き覚えのある声を拾った。
にやりと笑い、C.C.はその身を翻す。

「原因はわかった。あとは私がやっておいてやろう」

それだけ言うと、有無を言わさず新入部員を寮へ帰した。
全員の姿が見えなくなったのを確認して、C.C.は思い切りドアを蹴飛ばしてやった。

「一年を追い払ってやった礼に、明日ピザ5枚だ。…この馬鹿っプルども」

忌々しげに扉を睨みつける。
扉越しに聞こえた、ことさら艶めいた喘ぎ声を返事と受け取って、C.C.はさっさと踵を返した。



















■悔し涙夕暮れ帰り道■


最近は夜遅くまで練習が続いていたから、こんな風に夜に染め上げられる空を眺めるのは久し振りだ。
ベンチの少しだけ冷たい背もたれに体重を預け、ルルーシュは空を見上げた。
朱色の空が、痛いほどに眩しい。

(さて、明日の練習メニューはどうしようか。今日の試合を見る限り、やはりうちは攻撃力が安定しない。大体、主力が裏に回った途端、攻撃どころか守備のモチベーションまで下がるのは考えものだ。一体どうしたら…)

空を向いたまま目を瞑って、脳裏に数パターン新しいフォーメーションを思い描く。

(ああ、でもこれだとC.C.の指摘通りスザクに負担が掛かりすぎるな)

ああでもないこうでもないと思考が絡まりかけた頃、 当たり前のように寄り添っていたぬくもりが動く気配がした。
ようやく、顔を上げる気になったらしい。
こんなに綺麗な夕焼けを見ないのは勿体ないと思っていたから、少しだけ安心した。

「泣きやんだか?」

唇をきつく噛み締めたままのスザクの頭をそっと慰撫する。
泣きすぎた目元が痛々しいくらい腫れていて、冷えた己の指先をあてがおうと手 を伸ばすと、手のひらごと握りつぶすような強さで掴まれた。
驚いて見やった顔は、逆光でよく見えなかった。

「次、は」

けれど今日誰よりも声を張った喉が絞り出す掠れた音が、ルルーシュの胸を震わせた。
掴まれた手首が、熱い。

「次は、絶対に勝つから、負けない、から…っ」
「…ああ、期待してる」

泣き腫らして低く震えるが、どうしようもなく愛しいと思ったことは、まだしばらく秘密にしておこうと思う。



















■ポカリスエットとタオル■


中等部にいた頃から、それはロロの特権だった。
休憩に入ったら誰よりも先に、ルルーシュからドリンクとタオルを渡されていた。
レギュラーでも何でもないただの一年生が兄弟であるだけの理由で、 先輩を差し置いて彼に優遇されることに居心地の悪い思いをしたこともあった。
それでも『お疲れ様』とルルーシュに笑顔で労ってもらうことが何より好きで、 よく頑張ったと褒めてほしいから厳しい練習だって人一倍必死にこなしてきたのに。

ピーっと、甲高い笛の音が休憩の合図だった。
しかしタオルを抱えたルルーシュは、ロロとは反対側で屈伸を繰り返すキャプテンのもとへと行ってしまった。

「お疲れ、スザク。…膝、まだ痛むか?」
「ありがとう。ううん、もう大丈夫。もう明日からは本気で踏み込んでも問題ないと思うよ」
「そうか、なら良かった。でも、無理はするなよ」
「わかってるよ」

いつの間にか、自分の特権であったはずのすべてが、赤の他人に奪われていた。
じくじくと、胸が痛む。

「…ロロ!」

踵をかえしたルルーシュは、一年生のたむろする輪に躊躇なく踏み入れると、汗 も厭わずにロロの前髪をかきあげて、額をタオルで拭った。

「お疲れ。フェイント、随分巧くなったんだな。驚いたよ」

ふわりと兄の顔が綻ぶ。
渡されたタオルもドリンクも嬉しいけれど、それは彼にとっての一番じゃない。
もう、いくら頑張っても、きっと彼のヒーローにはなれないのだろう。

「…ありがとう、兄さん」

飲み込んだポカリスエットは、甘くてとても冷たくて、少しだけ泣きそうになった。

- fin -

2009/1/31

拍手その6。
バレー部の日常。