■01/怖いなんてものじゃない■
「入学おめでとうルルーシュ。それで、あなたも今日から中学生になるわけだけれど、」
「…勉強しろ、ですか?まさか破天荒を絵に描いたようなあなたが、そんな一般的な母親のようなことを言うな
んて考えてもみませんでした」
「あら、私だってこんなことは言いたくないのよ?でもシャルルが毎日電話でウルサいんだもの」
「年に数日しか家にいない父親の言うことなんて聞けません」
「ルルーシュ、ちゃんと『お父さん』と呼びなさい。…前から思ってたんだけど、ルルーシュの反抗期って潔癖
な女の子的よねぇ。『パパの下着と一緒に洗濯なんてしないでよー!』みないな!」
「母さんっ!!」
「もう、ヒステリー起こさないでちょうだい。私は女の子を二人も生んだのかしら?二次性徴もまだないし、あ
なた本当に男の子?ちゃんとおちんちんついてる?」
「………」
「ふふ、まだ言われたい?」
「ごめんなさい、と…父さんの言う通りにします…っ!」
「まあ良い子ねルルーシュ。じゃあとりあえず、塾に行くか家庭教師か選びなさい」
「………横暴だ(ぼそり)」
「…何か言って?(にっこり)」
「な、何でもありません!」
*
(母に逆らうなど、ランペルージ家ではありえない!)
■02/イレギュラー発生■
「スーザクっ!授業どれ取るか決まったかー!?」
「おはよ、ジノ。んー、まあ大体はね」
「うっわ、授業びっしりじゃん!真面目だなースザクは」
「別に…一年なら普通じゃない?必修科目はさっさと取りたいしさ。それで、ジノはもう授業決めたの?」
「ああそうだ!サークル決めてきた!!」
「へえ、早いね。何処のサークルに入ったの?そういえば僕、まだ全然サークルとか見てないなぁ。でもバイト
も探さなきゃなんないし…」
「ミステリー研究部に入ったぞ!!」
「ふーん」
「俺たち!!」
「……たち?」
「ああ、もちろんスザクの分も入部届け出しといたからな☆」
「…は?」
「楽しそうだったから!!」
「………は?」
「サークルでもよろしくな!スザク!」
「…僕、怖いのとかダメなんだけど…」
*
(死体とか出てくるミステリーとか、もってのほかなんだってば!!)
■03/ウォッチング・ザ・スカイ■
僕は悩んでいた。
塾か、家庭教師か。
(うーん。まあ、無難に塾で良っか)
クラスメイトも何人かはいるだろうし、何より他人に自分の部屋に上がられた挙げ句に、上から目線で勉強を教
わるなんて、考えただけでも虫酸が走る。
(母さんだって、僕がわざわざ塾に行ったりする必要ないってわかってるくせに!)
それに家庭教師がついたのでは、趣味の時間が著しく減ってしまう。
今日だってわざわざ帰り道を遠回りしたのも、駅前の本屋なら目的の本が手に入ると思ったからだ。
(好きな著者の新刊!やっぱりミステリー小説は良いな!)
おどろおどろしいタイトルを見ると、可愛い妹が怖がらせそうで家ではひた隠しにしているが、本当はこ
ういった類の本が大好きだった。
本を胸に抱いて、足取りも軽くあまり馴染みのない公園を通りすぎようとした、その時。
ふと、視線が奪われた。
■04/仕方ないと、溜息ひとつで■
僕は困っていた。
「ミステリなんて、読んだことないのに…」
断れば良かったんだ。
それはわかってる。
ジノじゃ話にならないからと、ガイダンスが終わってからすぐに直接部室棟に向かった。
入学してからキャンパス内でのサークル勧誘は凄まじかったから、内心ビクビクしていたが。
行ってみれば、ミステリー研究部(通称ミス研)の上級生は良い人ばかりのようで、勝手に入部届けを出されてし
まったことを話すと、笑って入部届けを返してくれた。
「でもこのまま君が入ってくれても構わないのよ?私たちも全員がミステリ好きな訳ではないしね」
なんとなく世間話をしているうちになんとなくそんな話になり、彼女(モニカさん、というらしい)の微笑みにな
んとなく負けてしまい、せっかく返して貰った入部届けをそのまま提出してしまった。
「…ああもう、僕の馬鹿っ、優柔不断…」
それでも、もう一度断る気にはならなかった。
大学に入って実家を出た。
心細い気持ちはどうしたってあった。
そんな時、はじめて声を掛けてくれたのが、同じ学科のジノだった。
「…なんか、釈然としないけどさ」
まあ、こういうのも良いかもしれない。
本屋に寄って、苦手だったミステリー小説を一冊適当に買ってみた。
部屋で読むのは怖いから、近所の公園のベンチで読むことに決めた。
春先の日溜まりはあたたかく、とても心地良かった。
「あの、」
しばらく読み進めたあたりで、不意に声を掛けられた。
辺りを見回すとすっかり夕方で、陽も大分傾いていた。
だけどそんなことより驚いたのは、自分に声を掛けたその人影がとても美しい少年だったこと。
さらに驚いたのは、その美しい少年が続けて言った一言だった。
■05/ただ、それだけで■
はらはら落ちる桜の花びら。
乾いた土の匂い。
頬に冷たいけれど、冬とは違う風。
優しいオレンジ色の夕暮れ。
濃く長く伸びる影の先、公園のベンチの人影。
彼の瞳の先の、一冊の本。
「………あ」
青年が読んでいるのは、自分がついさっき買った本だ。
そう、思った途端に足が勝手に動いた。
痛いくらいに心臓が胸を打つ。
僕の細い影が本を覆っても、青年は読書に夢中なのかなかなか気付かない。
「あの、」
声を掛けて、彼はようやくはっとしたように顔を上げた。
丸く見開いた瞳が、夕焼けの橙色と混ざって、不思議でとても綺麗な色をしていた。
春、夕暮れ、公園、同じ本。
たったそれだけで、何故か胸がいっぱいになってしまったから。
理由なんて、それで充分だった。
ともすれば乱れてしまいそうな呼吸を整えて、僕はすっと息を吸い込んだ。
「僕の家庭教師になってくれませんか?」
*
(大好きです、先生)
- fin -
2009/4/26
拍手その8。