■01/おはよう■
数日前から、僕は目覚まし時計が必要なくなった。
ずっと一人暮らしだった僕に、毎朝起こしてくれる同居人が出来たからだ。
「んー…」
今日は仕事休みの日曜日で、僕は珍しく昼近くまでベッドに潜り込んでいた。
決して寝起きが悪い方ではないけれど、先週は色々あったから疲れが溜まったのか、なかなか起きられなかった。
冬の朝の布団は、どうしてこんなにも気持ち良いのだろう。
多分一年のうちで、一番布団が恋しい季節だ。
しかし朝ご飯に困ったのか、同居人はベッドの近くをうろうろしているようだった。
声もかけずにただただ困惑している様子がいじらしくて可愛くて、僕は微睡みながらもその小さな気配を追って
いた。
けれどそれも我慢の限界だったようで、とうとう、てしてし、と顔を踏みつけられた。
「…んん、もうちょっと寝かせてよー…って痛っ!」
むずがって枕に抱きつくと、させるかと言うように、彼は素早く僕の耳に噛みついた。
針のような歯で、耳に穴が空くかと思った。
思わず飛び起きると、小さな塊はコロンとベッドに転がってしまった。
「わわ、ごめんね!」
慌ててすくいあげた体は、僕の両手にすっぽり収まってしまう。
ぶわっと尻尾が膨らんで、菫色の瞳がきょとんとまん丸になってしまった。
可愛くていとおしくて、言葉にならないくらい幸せな目覚めだった。
「おはよう、ルルーシュ」
僕は彼を目線までひょいと抱き上げる。
優しくて、まあるい気持ちが胸に滲む。
自分がこんな声を出せるなんて、初めて知った。
仔猫は挨拶の代わりに、僕の唇にちゅっとキスをしてくれた。
■02/ねえ聞いて■
そう、拾ったんだ、先週!
…だって可愛かったんだもん。僕にすごく懐いてるんだよ。えへへー。
……う、嘘じゃないもん!!本当にあの子は僕のことが大好きなんだよ!?
…うん、特徴?
えーとね、僕種類とかはわかんないけど、多分雑種だと思う。
顔立ちは日本の猫に似てるけど、尻尾は長いし。
毛色は綺麗な真っ黒で。…ちょっと、もう!そういうこと言わないでよねっ。
本当に綺麗なんだから。めちゃくちゃ可愛いし。
目は少し前まで明るい水色だったんだけど、今は紫色なんだ。
あ、赤ちゃんの時は目の色素が定着してないことが多いんだって!本にそう載ってた。
………だから、育てるんだってば。
…わかってるよ、僕だって色々と調べたりもしたんだよ?
…はい、おっしゃるとおりです…来週は、ちゃんと学校行きます…。
あ!そうそう、それで君に電話したのは頼み事があるからなんだ!
あの子ちょっと冷え症みたいでね…肉球もいつも冷たくて可哀想だから、靴下が欲しいんだ。
今は僕の靴下に入ってるけどさ、やっぱり本物の靴下の方が良いだろう?
…え?だから君に作ってもらいたくて!
わわ、そんな大声出さないでよ。
だ、だって君器用じゃないか。僕じゃ作ってあげられないんだもん…。
………え、本当!?
うわぁ、ありがとうっ!!
えっとね大きさは僕の人差し指くらい!
…うん!本当にありがと!
今度、会いに来てあげてね。
………な、名前?
あー…えっと、それは、君には…内緒っ!
■03/あまえんぼ■
仔猫は珍しく、上機嫌で僕の部屋をうろついていた。
黒くて小さい四つの足には、毛糸で編んだ真っ白な靴下。
今朝までは、冷たいフローリングを親の仇のように睨んでいたなんて、とても信じられない。
ちょこちょこと歩き回っては、温かな靴下に頬を擦り寄せる。
靴下をプレゼントしてあげて、本当に良かった。
「ルルーシュ、嬉しい?」
僕の友達が作ってくれたんだよーと、自慢にならない自慢を得意気に披露した。
ルルーシュはちらりとスザクを窺うと、途端につれない素振りで尻尾を左右に振る。
けれど、そんなふうに気取ったりするから、靴下でつるりとフローリングを滑走してしまった。
「わっ、大丈夫?」
ひっくり返ったルルーシュは、優しく抱き上げても不機嫌そうに僕の手を引っ掻いたので、思わず手を離してし
まった。
まだちっとも懐いてくれいと、スザクはしょんぼり肩を落とす。
すると、小さな口に脱げてしまった靴下をくわえるたルルーシュは、スザクの膝にそっと頬擦りをした。
「………っ!!!!!」
この日からルルーシュは、存外お気に召した靴下を履かせてほしい時、唯一甘えた仕草をスザクに見せてくれる
ようになった。
そしてそのたびに、僕は仔猫のあまりの可愛さに抱き潰してしまわないよう、毎回苦心を強いられることになる
のだ。
- fin -
2009/8/20
拍手その9。