ハローハローゴースト


 

さくりと、よく焼けたタルト生地の割れる音がする。
ナナリーが盲目の時分は、彼女の兄によって刃物を使うことを固く禁止されてい た。
しかしナイフを握る今の姿に、危なげな様子は少しもない。
ナイフを入れた切れ目から、眩しい夕焼けのように深い黄金色が覗いた。
上にはとろりと滑らかなカスタードクリームがかけられていて、フィリングは綺 麗に二層になっている。
その鮮やかなコントラストが、先程自覚した空腹をさらに刺激した。

「とても美味しそうですね」

「ふふ、食べてみないとまだわかりませんよ。…でも、お兄様のレシピですから 、きっと美味しいはずです」

「ルルーシュ…皇帝の」

「はい。ハロウィンにはいつもカボチャで何か作って下さいました。私は、毎年 それがとても楽しみだったんです」

「そう、ですか」

まっすぐに自分を見据えるナナリーに、スザクは仮面越しであっても目を合わせ ることが出来ない。
罰、のつもりだろうかとスザクは俯く。
理由はどうであれ、彼女の最愛兄を奪ったのは"ゼロ"に違いなかった。
そして、それがスザクだと、ナナリーは知っているはずだった。
だからこそ、許されなくて当然なのだと思う。

「はい、どうぞ」

切り分けられたケーキが、紅茶とともに差し出される。
仮面を外すことは出来ないので、あとで頂戴すると伝えようとした時、ナナリー が先に口を開いた。

「今日はハロウィンですね」

「…ええ」

「ハロウィンは何の日か、ゼロはご存知ですか?」

「…ああ、確か、ケルト民族では死者が復活する日だと」

ルルーシュに聞いた蘊蓄をそのまま繰り返す。
そうでなければ、カボチャでランタンを作り、仮装してお菓子を貰う日だとしか 答えようがなかったスザクは、正直慌てふためいていたに違いない。

「そうです。だから今日幽霊が現れても、私は驚きません」

凛と背筋を伸ばした彼女に何のことかと問おうとすると、ふわりとナナリーが微 笑んだ。

「初めて一人で焼いたお菓子ですから、是非目の前で召し上がって頂きたいんで す。…ね、スザクさん」

今更ながらスザクは、ナナリーのその瞳が、仕草が、笑い方が、ルルーシュに酷 似していることに気がついた。
愛おしい、守りたいものが、まだこの両手には溢れるほどある。
亡霊が現れて許されるなら、伝えたいことが山ほどあるのだ。

「…やっぱり、ナナリーには勝てないや」

スザクは小さく笑って、そっと仮面に指をかけた。

- fin -

2008/10/28