キスで目覚めるその日まで


 

世界が優しくなるまで、どうか眠っていてね。
それまで決して空を見上げないでいて。

















































二人きりになった洞窟でただ見つめ合う。
ようやく向かい合えたが、そこには何の感慨もない。
胸にくすぶるのは、コールタールのように粘つく殺意だけだ。

「最後に聞かせて。俺に掛けたギアスは何だったのか」

低い声音を振り払うように逸らされた額に、スザクは強く銃口を押し付ける。
ルルーシュの痩躯では、腰に跨ったスザクを押し退けることは出来やしない。
鈍く黒光りする銃身にルルーシュの瞳が写り込み、戸惑いに揺れたそれが、何故だかひどく堪らない気持ちにさせる。
もしスザクが少しでも人差し指を動かしたなら、その瞬間に彼の覚悟も、希望も、命ごと果てるというのに。

(君はまだ、僕を傷つけない言い訳を考えるの?)

けれども噛み締めた唇は何も紡がない。
スザクは押さえつけた手首から力を抜き、そのまま彼の指に絡めてきつくきつく握る。
まるで、情交の最中にいつもそうしたように。
驚きに振り仰ぐアメジストと目が合った。
額の血はまだ止まらず、粘度を帯びていて銃口がぬるりと滑る。
些末な命令なら、ここまで頑なにはならないだろう。
一体自分にとってどれだけ残酷なことを命じたのか、考えるといっそ愉快だ。
銃の位置を整え、再び強くルルーシュに押し付けたところで、スザクはふわりと笑った。

「ねえ教えてよ…ルルーシュ」

「…ぁ、」

意図的に、彼が一番愛してた仮面を被る。
媚びるような甘えた微笑にルルーシュは目を見張り、躯がびくりと痙攣した。
震えた弾みで、固まりかけていた血液が流れを変えた。
ね、と再度首を傾ければ、泣きそうに彼の顔が歪む。

「……きろ、とっ」

「え?」

食いしばった歯の間から零れた言葉がうまく拾えず、思わず耳を寄せた。



「生きろと命じたんだ…っ!」



紅い左目に流れた血が入り、涙に混じって白い頬を伝った。



(生きろ?)



ああ、それはなんて罰だろう。
死にたがりだった自分へ、よりにもよって生きろだなんて。



(僕が生きていたって、ゼロにとって邪魔なだけなのに?)



不可解な言葉を理解するより先に、その唇に噛みついた。
舌をねじ込めば、彼の臆病な舌が奥へ逃げた。
それを無理矢理追って強く吸い上げる。
苦しさに呻く声が、やけに懐かしかった。
血の味がしたのは、多分気のせいではないだろう。

「ルルー、シュ…っ」

この世で最も愚かなのは、愛されていることを自覚しない子供だと誰かが言っていた。
ならば自分と彼では、どちらがより罪深いのか。
ただ一つわかるのは、罰せられたのは自分の方が先だったということ。
馬鹿みたいに愛されていたことを、今になって思い知らされるなんて。

「…君は、いつも狡いね」

「それはお互い様だろう」

思わず自嘲したスザクに、ルルーシュは顎を上げ傲慢に笑った。
それは彼の顔を飾るのに相応しい、触れれば切れそうなほど美しい笑顔だった。
今度は触れるだけの優しいキスをして、血だらけの自分のグローブで彼の血の混じる涙を拭った。

「スザク、ナナリーを…」

穏やかな吐息の頼み事は、最後まで聞いてあげなかった。
銃を持ったままの拳を薄い腹に沈める。
自分だけ死のうなんて、それこそ卑怯だ。

(俺はやっと君に追いついた。君の、憎しみに)

そしてルルーシュもまた、『僕』に追いついてくれた。死すら許されぬほどの罪悪に。
そしてやっとやっとわかったから、どれだけ君に守られていたか。
どれだけ愛されて、いたのか。

だから。




「…君にも同じ罰を」




どうか生きて。 これは僕からの罰だよ。







































「おやすみ、ルルーシュ」

- fin -

2008/4/19