コマドリ殺したの、だあれ?


 

「触るな」

















































助けなきゃいけない、そう思って手を伸ばしかけた時、後ろから突然制止の声が かけられた。
振り返ると、常よりきつくて険しいアメジスト。

それを認めて「どうして」と、問いではなく、どうしておまえにそんなことを言 われる筋合いがある、と詰る調子で言った。
相手もこれが質問ではないと当然気付いているはずなのに、怯むことなく言い返してきた。



「それは巣立ちの準備かもしれない。だから人間が触れちゃいけないんだ」

「そんなのわからないだろ。本当に落ちてたらどるするんだっ!」



俺の足元には、みすぼらしいくらい羽根をばたつかせる小鳥。
すぐ上の枝にある巣から落ちたのは明らかで、早く親や兄弟のもとへ帰してやり たいと思う。



それを、こんな、人質として親に捨てられたような奴に。
たった一週間前に日本に来たような奴に、 知ったような口を利かれ、その上自分の行動を止められるだなんて、ある種の屈辱でしかない。

ブリキの国は他人を虐げることしかしらないから、自分以外に優しくする方法なんて知らないんだ。
だから、俺は非難に細められた瞳にも構わずに地面に落ちた雛をすくいあげた。

「…ッ、この、馬鹿…!」

俺の手に収まった小鳥を見て、ルルーシュは固く手のひらを握りしめたが、その 拳が非力なのはもう知っている。
例えそれが振りあげられようと、恐いことなんてなにひとつない。

「…勝手にしろ」

吐き捨てて、くるりときびすを返し彼はその場を離れた。
抑えた声が怒りで震え ているのがわかったけど、予想に反してその拳が俺に向けられることはなかった。
逃げるように去っていくその背中に、なんとなく勝ったような気がして胸がすいた。

ルルーシュの後姿が完全に見えなくなった頃、片手に雛を抱いて木によじ登り、 雛を巣に帰してやった。
ピーピーと弱々しく、けれど生きようと懸命に鳴く雛の頭を一撫でして微笑み、 俺はそのまま木から飛び降りた。





















































数日がたち、あの雛がどうしているか気になってあの木のふもとまで行ってみた。
変わらず枝にある巣からは、うるさいくらいにピーピーと、ただ餌を待つ、あの 雛の兄弟たち鳴き声が聞こえる。
眩しい日が緑に映えて、それはとても美しい光景のはずなのに。

















「……なん、で…」









地面には、砂埃で薄汚れたみすぼらしい塊が、あった。

「なんでっ!!」

悶え、のたうちままってもがいて傷ついたのだろうか。
血と泥がこびりついて折れてひしゃげた羽根。
ふわふわと白かった羽毛は千切れて黒く丸まっている。
潰れた柔らかい嘴。

それは、間違いなく、自分が巣に戻したはずの。



















――――…どうして。



















口にはしなかった疑問に、静かな声が答えた。

「鳥の雛は巣立ちのために巣から落ちていることがある。
けれどそれはあくまで自然の摂理であって人間が手を出してはならない。
例えば人の手で落ちた雛を巣に戻してやっても、親鳥が人間の匂いを嫌い、雛に餌をやらなかったり、再度巣 から落とすことがあるんだ」









滲むように、怒りが湧いた。
こうなると、こいつは知っていたんだ。
ならば後ろから見つめる視線は嘲笑だろうか侮蔑だろうか怒りだろうか憐憫だろうか。
そのどれであっても、そんな視線に無防備に背中を晒すのは我慢ならなくて、勢 いよく振り返った。


けれど、そこには予想したどの視線もなくて。
凪いだ紫が声そのままに、とても静かだった。

なんだかそれが無性に腹立たしくて余計に悔しくて、どうしようもないくらいの 敗北感がたまらなかった。

ルルーシュを一度だけ強く睨んで、ずかずかとすれ違いこの場から離れる。

最後まで視線を合わせていられなかったのは、静寂を湛える滅紫がどんな非難より胸を軋ませたから。





















































(悔しい悔しい悔しい!)

ぶんっ、と竹刀を思い切り振り降ろす。
ぐっと力を込めて腕を引き上げ、また叩きつけるように。
何度も何度も何度も竹刀を振るった。
それなのに、こんなにも必死に体を動かしているというのに、汚れた死骸と、紫 の双玉が頭をちらついてちっとも集中できない。



「っ…!?」



全部全部打ち消したくて、力いっぱい竹刀を振ったときに、流れた汗が目に入り 、思わず腕を止めた。
ボタボタと道場の床板に染みを作っていく汗を見ながら、苦しいくらいに荒くな った息が収まるのを待つ。
胴着の袖で額の汗を拭った。
そうしていないと、なんだか涙が出てしまいそうだったから。



「…お墓、作ってやらなきゃ…」

しばらくそうしていて、道場に赤い夕日が差し込み始めた頃、ようやくあの小鳥 に何もしていないことに思い至った。
せめて早く埋めてやらなければと思う。
だけど、またあそこまでいくのは気が重くて、地面ばかりを眺め、 足を引き摺るようにして丘をのぼった。


目に焼き付いて離れない血の色を誤魔化すように、もう一度頭を降って浮かんだ ビジョンを振り払う。

















それでも、と意を決して丘の上へ臨めば、雨が、降っていた。
それはにわかには信じられない光景で、俺は思わず息を飲んで、まるでやむこと を知らぬかのような雨を呆然と見つめてしまった。







ぽたりぽたりと。

静かに静かに。
打ち震えながら。
硝子の破片のように鋭利に煌めく滴。
落ちて砕けて粉々に。
赤い赤い夕焼け色に染まる水滴が、とても、きれいで。

ただ、雨を降らせるのは雲ではなく、歪んだ二つの紫玉。



少しだけ土が盛り上がっている部分は、自分が埋めようとしていた小鳥が眠るの だろうか。
そこだけが、雨によってしっとりと濡れそぼっている。





ひっ、ひっ、ひっ、と壊れたようにしゃくりあげる声音にはっとして顔をあげた のは、降り続ける雨がルルーシュの涙だと認識してから。
泣き濡れた瞳に自分は映らないのか、彼は俺がいることに気付く様子はなかった。































だけど、汚れた指で擦ったのか、泥にまみれた端正な横顔見た途端、もう、…堪 らなくて。




「………あ…っ」




一歩後退って、すぐさま来た道を全速力で駆け戻った。
胴着の前を掴みあげるように胸を押さえながら、ひたすら走る。




(痛い痛い痛い痛い…っ!!)




どうしてこんなに悲しいのか。
どうしてこんなに悔しいのか。
どうしてこんなに恥ずかしくてしかたないのか。

わからなくて理解できなくて、それが余計に胸を痛くして、苦しかった。
走って走って、さすがに全身が疲労を訴えて立ち止まったとき、両頬かはが汗と 涙とでぐちゃぐちゃだった。




「う、ぁ……っ」















































































ごめん。















































































その、たった一言を、言いそびれた。
たった一言。
些細なことだって、わかっているのに。
言ってしまう機会だって、あったのに。


泥塗れの羽根と、震えていた細い肩を思い出すと、何故か涙が止まらない。


暮れていく太陽の最後の最後、紫に染まる山際があまりに美しくて悲しくて。
膝に顔を埋めて日が落ちきるまで、俺は声をあげて泣いた。

- fin -

2007/9/9