甘い手


 

俺が悪いんじゃない。
あまく甘く、誘うその手が悪い。

















































す、と丁寧に。
ゆっくりと、薄い皮を剥いでゆく。
けぶるように紅く染まった外皮が床に落ちるたび、ルルーシュの指先から肘へと 、透明のしずくが零れ落ちた。

俺とナナリーは、その様子を息を飲んで静かに見守る。
はやる期待を、そっと胸に押しとどめながら。



「――…はい、剥けたよ」

ルルーシュに告げられた言葉に、俺とナナリーは小さく歓声をあげた。
それから、剥いた桃を手の上で一口ほどの大きさに切り、皿に置く。

「ナナリー、あーん」
「はいっ」

何を食べる時も、一口目はナナリーに、というのがルルーシュと俺の暗黙の了解。
フォークに刺した小さめに切った桃を、ルルーシュはナナリーの口元へ運ぶ。
口の端についた汁を、横からスザクが拭った。

「…わぁ、とっても美味しいです!
ありがとうございます。お兄様、スザクさん」

ナナリーの幸せそうに綻んだ顔を見て、俺とルルーシュは顔を見合わせた。

「どういたしまして」

それは誇らしげに、二つの声が重なる。




果物を食べる時はいつも、買ってくるのはスザク。
皮を剥くのがルルーシュの役目だった。



「はい、スザク」
「………んン!甘いっ」

続けてルルーシュは、俺の口にも桃を持ってきた。
柔らかな桃の実が、口の中でたっぷりとした蜜を溢れさせた。

「スザクは美味しい果物を選ぶのが上手だな。
だけど美味しそうに食べるのは、もっと上手だ」

ルルーシュはクスクスと笑うと、三つ目の桃をフォークで刺した。

「はい、ナナリー」

そのまま、腕を伸ばす。
優しげなその声に、けれどナナリーは頬を膨らませた。

「駄目ですよ、お兄様!」
「今度は、おまえが食べる番だろうっ!」

途端文句を言う俺達を前に、ルルーシュは困ったように「僕はあとで良いのに… 」と言う。
けれど頑としてナナリーが口を開かないものだから、ルルーシュは結局自分の口に運ぶしかな くなかった。

「………本当だ、甘い」

ルルーシュは遠慮がちに桃を食べると、はにかんで微笑んだ。

「だろう!!」
「ですよね!」

とろけるように甘い桃より、そんなルルーシュが嬉しくて、俺もナナリーもこと さら強く言う。
三人で、笑った。











その後も順番に、ナナリーと俺、それから自分に、ルルーシュが桃を食べさせた。
最後の一欠片をナナリーの口に入れると、ルルーシュが皮を剥いていない桃と包 丁を手にする。

「次のを剥くから、少し待っていて」

ルルーシュはまた桃を剥いていく。
俯いて剥くものだから、長い睫が午後の日溜まりで、白い頬に影を落としていた。
真剣に手先を見つめる紫が、ただ綺麗で。
ぽたぽたと、蓄えきれなくなった蜜が、ルルーシュの腕を伝っては、落ちる。
それが、目よりもっと深いところへと、やけに焼き付いた。

桃を切り終わる寸前。
ぽたぽたと滴る汁をもったいないと思うより先に、勝手に口が動いた。

「…なあ、そのままくれよ」

「え?」

ルルーシュの右手は一口分の桃と、汁で濡れて光っていた。
ルルーシュは少しきょとんとして「せっかちだな」と笑ったけど。
そうじゃ、なくて。
今にも零れてしまいそうな雫が、あんまりにも甘そうだったから。



「しかたのない奴だな。…ほら」



苦笑して、ルルーシュは桃を持った手を俺へと差し伸べた。

その刹那の、衝動。
ありがとう、と言うより先に、それを口に含む。
それと気づかれないように、汁に濡れた手のひらを吸った。
ぴくりと震えた指が愛しくて。
そして、桃の蜜よりもっと。







































それはひどく甘かった。

- fin -

2000/01/01