猫さん、猫さん。
どうか私だけを見てください。
どうか私だけを愛してください。
木陰でのんびり本を読んでいた猫さんに、うさぎさんがピタリと擦り寄ってきます。
猫さんは本を閉じ、よしよしとその震える頭を撫でてあげました。
猫さんは小さくて寂しがりやのうさぎさんがとても好きなので、弟のように可愛がっているのです。
「兄さん、兄さん。どうしよう、兄さんに貰ったロケットペンダントをどこかに落としてしまったの」
どうしよう、どうしよう、とうさぎさんは猫さんの膝ですんすんと泣き出してしまいます。
猫さんは苦笑して、じゃあ一緒に探そう、と優しく言いました。
濡れた瞳が嬉しそうに見開かれます。
「…ほんとう?」
「ああ。だからもう泣くな」
「うん」
「絶対に見つけてやるから」
「ありがとう。兄さん、大好き」
うさぎさんは、ぎゅっと猫さんに抱きつきます。
その時、がさがさと近くの木が揺れました。
そこから、慌てたように犬さんがやってきました。
「遅くなってごめんね!」
犬さんは猫さんとの待ち合わせに遅刻したようで、申し訳なさそうに耳が垂れています。
うさぎさんは不安そうに猫さんを見上げて言いました。
「…兄さん、一緒に探せないの?」
しかし猫さんは首を横に振ります。
犬さんはそれを見て不思議そうにきょとんとしました。
だって、猫さんはこの犬さんと後一緒に遊ぶ約束をしていたのです。
「え、と」
戸惑う犬さんに、猫さんはにっこり笑ってみせます。
「悪いが、今日の約束はなかったことにしてくれ」
「え」
犬さんが思わずうさぎさんを見ると、まるで咎めるように猫さんに睨まれました。
「兄さん、約束があったのなら、僕」
うさぎさんは猫さんに約束をしていたことを知り、少し身を引きますが、
瞳からはぽろぽろと涙が落ちていきます。
その涙を舐めてあげながら、猫さんはうさぎさんを優しく優しく撫でます。
犬さんはどうしていいのかわからず、尻尾だけがむなしく揺れました。
ただ、うさぎさんが猫さんの肩越しに微笑んだ口元だけが目に焼き付きます。
悲しくて悔しくて、すん、と犬さんの胸は冷えますが、猫さんは振り向いてもくれません。
「おまえは、ひとりでも大丈夫だから」
それだけ言うと、猫さんとうさぎさんは連れ立って去って行ってしまいました。
犬さんの尻尾は、ぱたりと地面に落ちて泥にまみれ、うさぎさんはその鈍い水音を聞き目を細めます。
猫さんは黙ったまま、しなやかに歩き続けます。
けれど猫さんは、知っていたのです。
悔しさに歯噛みする犬さんが、ここへ来る前に美しい桃色の小鳥さんに会っていたことも。
弱虫だけれどひどく狡猾なうさぎさんのことも。
そして、犬さんもうさぎさんも決して嫌いにはなれない、自分のことも。
それでも猫さんは、意地悪で狡いうさぎさんを選ぶでしょう。
なぜなら、うさぎさんは寂しいと死んでしまうのですから。
- fin -
2008/4/23
R2の3話から