猫と主人とエトセトラ


 

女王陛下に逆らうべからず。
愚か者にはきっと罰が下るでしょう。

















































「はい、じゃあスザクが一年、リヴァルが二年。で、私が三年と部活動の分ね。ルルーシュは中等部生徒会の分とPTAとその他有志の企画をお願い。 文化祭の実行委員長はルルーシュだから、文化祭関係でわからないところは彼に確認してもらって頂戴っ」

「はいよー。でも会長ー、今日はメンバー少なくないっすかぁ?」

「仕方ないでしょ!シャーリーは部活。カレンは欠席。ニーナには隣で機材手配の概要をざっと組んでもらってるんだから」

残ってるのは私達だけなのよ、と若干不満そうなリヴァルに向かい、ミレイは腰に手を当てて言い放つ。
アッシュフォード学園は、そろそろ文化祭の準備を始めなければいけない季節になってきた。

日頃、突発的企画以外は比較的活動のない生徒会といっても、年に一度のお祭りにはやはり力が入る。
生徒会長であるミレイは祭り好きの性格も高じてウキウキと仕事を割り振るが、人数が少ないことで個人にかかる負担が増えたのが納得いかないらしく、リヴァルは唇を尖らせている。
他の二人は大人しく仕事を始める様子だけれど、なんとなくいつもと雰囲気が違う。

いつもなら二人で歓談に花を咲かせるルルーシュとスザクが不自然なまでに押し黙ったままなのだ。

よく見れば、普段穏やかさをたたえているスザクのビリジャンが、あからさまに不機嫌を訴えている。

睨み据える先には、素知らぬ顔をして資料に目を通している青年と、その膝に我が物顔で居座ってうたた寝をしている猫が一匹。



「あら、どうしたのスザク。喧嘩でもしたの?」

「ええ、まあ」

「珍しいわねー。いつも鬱陶しいくらい仲良しなのに」

「そうですか?…結局、僕はいつも片想いなんですよ。 きっと彼は僕のことなんてどうでもいいと思ってるに決まってます」

吐き捨てるように一気にまくし立てるスザクに、声をかけたミレイですら驚いて 、あらあらと目を丸くした。

どういうこと?
といまだ我関せずといった風情で書 類の分別をしているルルーシュに目をやるが、片手でアーサーの首を撫でているだけで瞼ひとつ動かす様子すらない。
ゴロゴロとアーサーが至極気持ち良さそうに喉を鳴らすだけである。
そのつんとすました仕草に堪えていたものが切れたのか、スザクは両手を思い切り机に叩きつけた。









「…っ!君はいつもそうだ!僕があんなにいつもいつも好きだって言ってるのにそういう態度で!」

「お、おわ!ちょっとスザク!?…だっ、いってー!」

ぐらりと机が揺れ、頬杖をついて傍観を決め込んでいたリヴァルがその煽りを食らい、バランスを崩して派手に尻餅をついた。

「昨日だって!僕が楽しみにしてるの知っててああいうことしたんだろ!?僕だってそれくらいわかるんだからなっ!」

もう一度、今度は拳を振り下ろす。
衝撃でミシリと机の脚がしなったのを間近で見たリヴァルが「ひっ!」と短く悲鳴をあげた。

「最近ずっと僕のこと無視してたよね?最近忙しくて君に構ってあげる暇がなかったのは悪かったと思ってるよ、本当に。だからって…あの仕打ちはいくらなんでも酷すぎるよっ!!」

「落ち着きなさいスザクっ!」

あまりの勢いに呆気にとられていたミレイだが、机が傾いた弾みで書類の一部が崩れ、最後ペンが転がり落ちた音で我にかえった。

三度振り上げられそうになった腕を必死に制止する。
これ以上殴ったら机が壊れかねない。

とりあえずこんなに取り乱していたんじゃ話にならないと、無理矢理スザクを椅子に座らせると、衝動的な憤怒は次第に収まってきたらしく、代わりに悲しそうに瞳を潤ませていた。

仕方ない、とミレイはおやつ用に準備してあったアイスティーをスザクに差し出して、飲むように促す。
スザクもことさら抵抗する気はないようで、ごくごくと一気に飲み干した。




「どう、少しは落ち着いた?それで、一体何が原因で喧嘩したのよ」

「………だって、タマネギが…」

「はぁ?タマネギ?」

したたかに腰を打ちつけたのか、涙を浮かべて体をさするリヴァルが、そういえば、とルルーシュを見やる。
本人はこちらの騒ぎを見事なまでにスルーしたまま、デスクワークに精を出している。

「昨日、ルルーシュに夕飯作って貰うって言ってたな。なに?スザク、タマネギ嫌いなの?」

確かにせっかくの夕飯に嫌いなもん入れられたら腹立つよなー、と立ち上がりながらリヴァルが言うが、スザクはふるふると首を振って「そうじゃない」と否定 した。

「…昨日は、親子丼が食べたいって僕が頼んだんだ」

「うんうん、親子丼って鶏肉を卵で閉じてライスに乗せる日本食よね。あれってタマネギ入るわねぇ」

「それで?ルルーシュの作った親子丼が不味かったとか?」

一通りの料理をこなせるルルーシュが料理を失敗したとあらば、最高のネタだと言わんばかりにリヴァルまで興味津々と身を乗り出した。

「ううん。ルルーシュのごはんはいつも美味しいよ!
卵だってちょっと牛乳混ぜててすごくふわふわとろとろで、ダシもちゃんととってあってほんのり甘いし、お肉もやわらかくって…。
クラブハウスに炊飯器はないからってお米はわざわざ土鍋で炊いてくれたし…」

「あらぁ美味しそう」

「俺も食ってみてー」

スザクによって恍惚と語られる料理の様子は、ルルーシュの料理の腕を知ってるだけあって、生徒会メンバーにとっては垂涎ものだ。

「それなのにっ!」

思い返すと憤りが蘇ってくるのか、落ち着きを取り戻した手にスザクはまた力をこめる。

「タマネギを入れてないんですよっ!?信じられますか!!」

「…親子丼にタマネギって、そんなに重要なの?」

「重要です!タマネギがなきゃ親子丼とは言えません!!」

その一点において彼に譲る気はないらしい。

そんなことであれだけ荒れたのかと、ミレイとリヴァルは揃ってこっそり呆れたが、日本人であるスザクにとっては笑い事ではないのかもしれないと、真剣すぎるスザクの双眸を見て表情には出さないように懸命に努めた。
だって、とばっちりはごめんだし。

「い、入れ忘れとかじゃなくて?ルルちゃんて結構ウッカリさんだし!」

「違います!ルルーシュは親子丼の作り方を知っているし、忘れてたんじゃないです!」

「え、じゃあワザと?でもルルーシュだって昨日スザクが来るの喜んでたじゃん。…なあ?」

同意を求めても、まだルルーシュは一人知らぬ振りを決め込んで、昼寝に飽きて彼の首を舐めていたアーサーの襟首を掴んで叱るようにぶらぶらと揺さぶっていたりする。

「ルルーシュっ!喧嘩両成敗って言うでしょ。
あなたの意見もちゃんと聴くから、まずスザクに謝っちゃいなさいっ」

その悠長な仕草に、とうとうミレイがきれた。
いい加減、スザクだけに喋らせていても埒があかないと判断し、ルルーシュへ矛先を向ける。

厳しく響くミレイの声に、無視を続けていたルルーシュがアーサーを抱え直し、 やっと三人の方へと目線を投げるが、その目は呆れたように細められている。
開かれた薄い紅唇が紡ぐのは、微かな嘆息。


































「…何か勘違いしているようですけどね、スザクの喧嘩相手は俺じゃないですよ」















































































「「…………………は?」」





































































「だから、スザクが怒っているのは、俺じゃなくてアーサーなんですよ」

ルルーシュはアーサーを万歳をさせるように前足を持ち上げる。
まったくもって馬鹿らしい、と憂いに柳眉を潜ませて長い長い溜め息をついた。











「え、だってじゃあ…タマネギは一体何なのよ…?」

「アーサーがいるからってルルーシュがタマネギを入れてくれなかったんですっ てば!!」

ルルーシュの言った言葉の意味がわからず、ミレイとリヴァルが固まっていると、さらに事態をかき回すことをスザクが喚く。

「ちょ、ちょっと待てスザク!始めから説明しろ!」

「え、始めから?」

「そう!何をどうしたら猫と本気で喧嘩出来るのよ!?」

本人はすでに充分な説明を済ませたつもりでいるらしく、 「だからもう説明したよ」と、きょとんと目を見開いていたが、

「ここまで騒がせたんだから責任もって説明してやれ」

とルルーシュから鶴の一声がかかると、従順にもスザクは説明を始めた。



















「…ええと、最近アーサーがやたらルルーシュに懐いていたんです」

これが一番の問題だと言わんばかりに深刻な目で告げられた言葉に、ずるりとリヴァルが前へつんのめった。

「おいおい、もともとアーサーってそうだっただろ!?」

「うん、まぁそうなんだけど…。ここのところはルルーシュたちのプライベートルームまで潜り込むようになってて、学校でもルルーシュにぴったりくっついて るし、少しでも僕がルルーシュに近付くと威嚇するんだ…」

悲しそうに目を伏せるのは、アーサーがスザクに懐かないからなのか、幼なじみを独占されているからなのかは判断に窮するが、言われてみれば今日もアーサーはルルーシュの膝を定位置にして、気持ち良さそうに寛いでいた。

「でもそれくらいなら今までだってそうだったじゃない。それがどうして喧嘩になるの?」

「だから、親子丼です」

あまりのスザクの真剣さが、だからその間の出来事を説明しろ、と詰問すれことすら許さない空気を纏っていた。
変なところで本当に頑固だと、二人は頭を抱えた。

「この馬鹿…」

幼なじみの言い分の難解さに額を押さえ、見かねたルルーシュがとうとう口を開いた。

「要するに、アーサーが頻繁にうちに来るようになったんで、タマネギが料理に使えないんですよ」

幾分面倒くさそうではあったが、アーサーの背を撫でながら説明を加える。

「タマネギだけじゃなく、チョコなんかも今はないですね…。
つまり猫が口にして危険なものをうちから排除しているんです」

確かにアーサーがそれらを拾い食いでもしたら危ないだろう。

「なので、昨日の親子丼からもタマネギを抜いたんですよ」

しれっと涼しい顔をしてルルーシュがそう言うのに、スザクが大きな瞳にみるみるうちに涙を溜めていく。

「で、でも!僕、ルルーシュの親子丼すごく楽しみにしてたのにっ。僕よりアーサーを優先するなんて、酷いよルルーシュ…!!」

猫以下の扱いを受けたらしいスザクは、両手に顔をうずめてしくしくと泣き出した。

「泣くなよ…。それについてはちゃんと謝っただろう」

投げやりなルルーシュの調子に、この分だと二人は昨日からずっとこの問答を続けていたのだと察せられる。

「今度うちに来るときは、ジャガイモとタマネギの味噌汁を作ってやるから」

ぴたりと、スザクの涙が止まった。

ルルーシュは自分が何と言えばスザクの不機嫌と涙が収まるのか心得ているようで、スザクが泣きやんだのを確認すると、さっさと書類整理を再開した。

「………バターは?」

「ああ、入れてやろう。それから、タマネギの天ぷらでも紫タマネギのシーザーサラダでもタマネギをたっぷり刻んだハンバーグでも豚の生姜焼きでもムニエル 用のタルタルソースでもタマネギ丸ごと入れたポトフでも、…おまえの好きなものを作ってやる」

「ほ、本当に…?」

ぱあぁ…っと、泣き顔を一変させ、あっという間に緑玉が明るく輝いていく。

「約束は守るさ。だから早くアーサーと仲直りしておけ」

「うん!するっ、するよ!!ごめんねアーサー!」

スザクに優しくするのが不満らしいアーサーが不機嫌そうに尻尾をたてて鳴くのにも構わず、スザクはルルーシュの腕から奪うようにしてアーサーを強く抱きしめた。

結果、スザクは顔中に盛大な引っ掻き傷をこしらえることとなる。
小さな全身で凄まじい抵抗をするアーサーと、それをものともせずに、いくら咬まれても上機嫌なスザクという、そのある種凄惨な光景にミレイとリヴァルは顔 を背けた。

それにしても、とルルーシュにしては珍しくかける言葉に毒ひとつないこと目を丸くしいると、ルルーシュは書類の山から一枚のプリントを抜き出し た。

「…ところで、そんなにタマネギが好きなら、この担当はおまえで良いな」

問いかけではなく、決定の調子でそう言って、本人の意志を確認することもなく、書類にスザクの名前を書き入れた。

「うん、いいよ!僕に任せて!」

しかしご機嫌なスザクは仕事の内容に一切頓着せず、咬まれている指もそのままに了承した。

「ルルちゃん、それなんの書類ー?」

「あなたの企画ですよ、会長」

手渡された書類をリヴァルと二人で覗き込む。

「あ、巨大ピザの…」

書類はミレイ発案の、去年に引き続く巨大ピザの企画書。
スザクの名前が書き込まれたのは、調理担当の項目。
その欄を一瞥し、ミレイとリヴァルは顔を見合わせた。

「これって確か、去年ルルーシュが担当して…」

「思い出した!去年ルルちゃん一人にやらせちゃって、怒られたわねぇ…」

「会長ぉ…だったらなんでまた企画出すんですか?」

「すっかり忘れてたの!」

えっへんと豊満な胸を張るが、そんな重要なことは忘れてないでいて欲しいと、忘れていた自身を棚上げしてリヴァルがぼやいた。




去年、同じくナイトメアフレームを使用して作る巨大ピザが、文化祭の目玉企画であった。
しかし去年は役員の不手際から、何故か野菜調理がルルーシュだけになってしまった。
その上調理室はクラス企画に優先させたため、生徒会では倉庫しか借りられず、ルルーシュはその密閉された部屋で、一人ひたすら刻んだのだ。

                 タマネギの山を。




「…る、ルルーシュ、もしかしてタマネギを一人でやらせたの、まだ怒ってたのか?」

リヴァルが恐る恐る書類から顔をあげてみると、ルルーシュはつんと済ませて「そんなことないさ」と嘯くが、握っていたシャープペンシルの芯がポキリと折れた。
これは間違いなく怒っている。

「………もしかして、バレてたのかしら…?」

次いでミレイがらしくなくおどおどと視線をさまよわせた。

「バレてないとお思いでしたか?」

にっこりと応対したルルーシュに、けれどリヴァルはタマネギをルルーシュ一人で切らせたこと以外心当たりがなく、訝しんでミレイを振り返った。

「…ええと、タマネギ切ったあとに涙が止まらなくなったルルーシュの写真をスピード現像して、文化祭で大量に売ったのはわたくしミレイ・アッシュフォードです!…本当にゴメンナサーイ!!」

勢いよく手を合わせたミレイを、ルルーシュは腕を組んで半眼で睨む。

「まったく…」

リヴァルも約一年越しで知った事実に呆れ、天井を仰いだ。

書類をもう一度受け取り、深くつかれる溜息にミレイは身を縮ませるが、当のルルーシュは呆れこそあからさまに明示しているものの、そこまで怒った素振りは見せてはいなかった。

かわりに、チラリといまだ嬉しそうにアーサーを構ったまま、こちらの話をまった く聞いてないスザクを愛しそうに眺めて、シニカルな微笑みを浮かべる。





















「まあ今年は早々に担当者が決まりましたからね。それで良しとしましょう」





















そして。
ポン、と軽薄な音をたて、書類に文化祭実行委員長の判が押された。
その膝上で、愚か者を嗤うように、なぁごとアーサーが鳴いた。

- fin -

2007/10/20

さて、どこからが実行委員長の策略だったのでしょう。