鉄砲玉アガット


COLORS

抉るように、鋭く。
さあ、切り裂いて。
いっそ嘘だらけな、この胸ならば。

















































微睡みから覚めて、ルルーシュはきつい日差しに目を細めた。

「まったく何なんだ、この暑さは…」

悪態を一人ごちてみるものの、それには見事な程力が入っていなかった。
暦の上ではすでに秋のはず。
しかし日本の残暑というのは予想以上に厳しく、暑さに弱いルルーシュに過度の 負担を強いた。

暴力的な人工の冷房は肌に馴染まず、外へ出て枢木神社で木陰を見つけてはそこ で慰め程度の睡眠を取るのが日課になっている。
今日は夜までに仕事の書類を仕上げなければなかなかったため、ほとんど寝ても いない。

気がつけば、木陰の陰も大分移動していた。
さすがに寝過ぎたかと腕時計を見やれば、丁度三時を回った頃だ。

「もうこんな時間、か…」

書類を枢木邸の本宅へ届けることを失念していた。
       あいつが来る前に。
そう呟いた本人はまだ夢心地で、自分の発言に気付くことはなかった。
暑さに目眩を覚えながらも立ち上がり、土蔵の扉を開いた。

日本に来てルルーシュに与えられたのは、ただひとつ。
薄暗い、この土蔵だけだった。
そこにはもともと一匹の犬が住み着いていたようで、ルルーシュが生活するよう になってもこの場を離れようとはしなかった。
よく吠えるわりに無防備に近づいてくる、おかしな子犬。
性格は乱暴でがさつで正義感だけは無駄に強い。
気付くとそれは、俺の仕事机の横を勝手に居所と決め込んだようで、昼下がりの この時間は大抵ここに来る。









かさばる紙束を抱え、ルルーシュは本宅へ向かう。
駆ける足音を聞いた気がして振り向いた、その刹那。

「ルルーシュっ」
「…っ!!」

どん、と腰に覚えのある、重い衝撃。
抱えていた書類が、弾みですべて、泥水の中へ。
インクがじわりと滲んで枢木神社境内の池消えていくのだけが、いやに鮮明で。
それをなす術もなく見届けてしまったルルーシュは、徹夜明けで決してすぐれて いるようには見えなかった顔色を、さらに白くした。

「なあ!今日俺…」

「黙れ。おまえのせいで今日一日の労働が、見ての通り水泡に帰したんだが…?」

眦を釣り上げて振り返れば、パタパタと尻尾を振っている子犬が一匹。
子犬は日本国首相、枢木ゲンブの一人息子。確か十に満たない年齢のはず。
ルルーシュが憤りもそのままに切って捨てれば、しゅんと耳が垂れる風情。

「わ、悪いっ!仕事のだったのか!?」

木漏れ日の色をした丸い瞳が揺れる。
その顔を見て少しは胸もすくというものだが、すぐに池へ向かって走り出そうと するスザクに、かえってルルーシュが血相を変えるはめになり、すんでのところ でその襟首を掴んで引き戻すことが叶った。

「何をしている!この馬鹿!!」

「だってあれ、ルルーシュの仕事のやつなんだろ!?取って来ないと…っ!」

「待て!良いんだ!わかった!わかったから落ち着け!」

ふわふわとしたスザクの頭部を押さえると、どうしたって指の間こぼれてしまう 髪の毛がくすぐったいのを我慢して、根気良く「もう良いから」と繰り返す。
そうしてやっとおとなしくなり、ルルーシュは小さく安堵の息を吐き出した。

「馬鹿。おまえに風邪を引かせる訳にはいかないだろう?」

「………ごめん」

「良いさ。やり直せないことじゃない」

落ち着いてくると、ルルーシュ自身冷静な判断を下せるようになった。
仕事と言っても、どうせ嫌がらせじみた意味のない資料製作が中心だ。
やろうがやるまいが、己の教養を深める役に立つことなど何一つない。
ましてや、スザクを池に放り込むほどの価値など微塵もない。

「それより、何か用事があったんじゃないのか?」

スザクはまだ諦めがつかないのか、ひたと池を見据えたままだったが、その質問 にぴょこりと顔をあげた。

「そうだった!これっ、ルルーシュにって!!」

勢い良く突き出された手には、コンビニのビニール袋。

「最近ルルーシュ、全然ご飯食べてなかったろ!これなら、多分食えると思って!!」

差し出されたのは、カップのアイスクリーム。
カップの縁を伝う滴が、きらりと光った。
目を見張り、思わずこぼれてしまったのは、誰にも言わなかった本音。

「…食事が進んでなかったなんて、俺は言って」
      ない、のに。

嘘は、昔から得意。
誰かを騙すことを厭わない。
仮面をつけて、自分すら。
全てを、騙して。嘘に嘘を重ねて。
そうやって、ずっと。
ましてやこんな幼い存在にそれと知られる程の振る舞いなど、するはずもない。

ルルーシュは怪訝な色をそのまま浮かべたのだろう。
スザクはアガットの瞳をきょとんと見開く。







































「そんなの、ルルーシュを見てればわかるよ」







































こともなげに、そう言った言葉が。
衒いのない、純粋な笑顔が。
軽やかに、深いところを抉った。



























































ああ、なんて愛らしい鉄砲玉。
どうかまっすぐに。
嘘さえつけないよう。
この心臓を撃ち抜いて。

- fin -

2007/10/9