消えないフューシャの刻印と


COLORS
※シュナルル、ゲンルル表現あり

緋色月が世界に堅い錠をかけていったことだけは確かで。
いつかその錠すべてを壊すと決めた。
枷になるものを薙払い、守るべき妹を自分の手で守るために。

















































乱れた褥に横たわり、ルルーシュはただ外を眺めていた。
否、それ以外は何も見たくはなかったというのが正しいか。
自分の躯に散る無数の鬱血など、その最もたるものだ。
無理な情事のあとでは、ろくに口を開くことすらままならない。
シャワーを浴びる気力もなく、ルルーシュはベッドでしどけなく裸の手足を投げ 出していた。

閉じられた豪奢な窓の向こうに、緋色の月が見える。
隣でキセルの紫煙を戯れのように吐き出していた男が立ち上がり、窓が遮られる。
それがなんとはなしに不愉快だったが、顔には出さず、仕方なく目を伏せた。

「ルルーシュ、私は美しいものが好きなんだ」

心地良いバリトンが鼓膜を打つ。
窓から射す月明かりが、その柔らかなブロンドを眩しく染め上げているのだろうが、興味はない。

「…知っていますよ、シュナイゼル兄上」

「そして私は誰より強欲でね。実は欲しいものを見つけたんだよ」

ああ、面倒なことになったと、ルルーシュは長い睫毛を震わせてそっと眼を伏せる。
宝石、地位、名誉。
この男が欲しがるのはそんな陳腐なものじゃない。

「…何をお望みなんですか?」

聞きたくはないが、このまま黙っていれば、また無理に身体を開かれるだけだ。
それならまだ、億劫な口を動かす方がいくらか楽だろう。

「日本が欲しいんだよ、私は」

「日本?あの極東の島国を?」

「ああ、そうだ」

日本は確かサクラダイトの原産地だが、それ以外に何か利用価値があったとは思 えない。
何故そんなものをシュナイゼルが欲するのかはわからないが、窓際で笑う男は至 極楽しそうだ。

「それでルルーシュ、ここからが本題だよ。君にあの美しい国を持って帰ってき て欲しいんだ。頼まれてくれるね?」

「拒否権はないのでしょう?」

「おや、私の傍を離れるのが嫌…、と可愛くさえずってくれるのなら、私だって 無理は言わないさ」

「ご冗談を」

半身を起こし、ルルーシュは吐き捨てた。
ここで拒否すれば、否やを言わせず妹が日本に送られるだろう。
そんなことをすれば、この男に自分の身体を、矜持を、持てるすべてのものを売 った意味がなくなる。

妹を守るためならば、どこまでだって堕ちてやる。
覚悟は、もうとうに決めたのだ。

「お望み通り、日本を奪ってみせましょう」

低く強く言うと、シュナイゼルは微笑をより一層深める。
白い指が、ゆるやかにルルーシュの紅唇を撫でた。

「その美しい身体で、日本のトップを籠絡しておいで」

「…イエス・ユアハイネス」

緋色の月が、嘲笑う。
そして逃げられない夜の檻にまたひとつ、 鎖が繋がれたのだと知らしめるように、首筋にきつく刻印を刻まれた。









*









(堕ちる…!!)

がくんと身体が痙攣して、ルルーシュは目が覚めた。
反射的な恐怖にわずかに瞠目する。

「夢、か…」

夢の続きで落下でもしたのか、額に触れると嫌な汗をかいていた。
見ていた夢は、懐かしい、と懐古するにはまだ新しい情景そのままだった。
気付けば仕事を放り出して、居眠りしていたらしい。
時計を見ればとっくに日の落ちる時間だった。

(ああ、まずい。今日はゲンブのところに行かないと…)

寝起きのせいか、鉛のように重く怠い身体を起こすと、ずるりとタオルケットが 肩から落ちた。
うたた寝すらする気がなかった訳だから、自分で掛けたもののはずはない。
思い当たるのは、たった一人だ。
タオルケットを掻き抱いて、頬を寄せた。

(…スザク、)

太陽の残り香が酷く愛しかった。
それでもルルーシュはタオルケットを捨て置き立ち上がる。
自分には守らなければならないものがある。
綺麗で純粋なものに、甘えてはいけない。

夜になってもじっとりと蒸す外気にうんざりしながらも、ルルーシュは枢木の本 家の奥に進む。
この時間ならば、誰にも見咎められないことを知っていた。
見上げれば、夢で見たものと良く似た緋色の月が、空に浮かんでいる。
痛烈なアイロニーだと、ルルーシュは言葉にはせず自嘲した。
重厚な扉をノックし、返事を待たずに開ける。

「こんばんは、ゲンブ」

窓からやはりあの不吉な月を見ていたのか、目に入るのは男の後ろ姿だけ。
振り向いた顔に刻まれる風格と威厳が、慈愛と軽蔑とで複雑に歪む。
それでも瞳にわずかに揺れる男の欲を見つけて、ルルーシュは殊更柔らかな微笑を浮かべた。

「今日も来たのか」

「ええ。…ですから今日も、うんと可愛がって下さいね…?」

薄汚い売女のような媚びと微笑みを浮かべながら、シャツの第一ボタンに指をかける。
震えもしないその指を、ルルーシュは何よりも憎んでいた。

- fin -

2008/8/2