抱きしめてね、バーントシェンナ


COLORS

大人はとても嘘つき。
守りたいものが、多すぎるから。

















































短く揺れる濡れた毛先に惹かれて、考えるより早く指を伸ばしてしまった。

「なに?」

「あ、悪い。…おい、こんな濡らしっぱなしじゃ、風邪引くぞ」

「引かねーよ!俺、ルルーシュみたいに貧弱じゃないからな」

「俺はあくまで平均だ」

スザクはたった今入浴を終えたのか、普段はくるくると丸まっている茶色い髪が 、今は水分を含んだ重さで若干ストレートに近くなっている。
彼のその濡れた癖毛をぴんと指で弾き胸を張ったら、 俺より余裕で頭二つ分は背丈の低い子供にものすごく胡乱な顔をされた。

「…失礼な奴だな。ほら、ここに座れ」

肩にかけっぱなしにされたままのタオルを抜き取って、そのままスザクを床に座 らせ、俺もスザクのうしろ側で膝をついて腰をおろす。
俺はちょうどスザクと入れ違いでバスルームに行くつもりで、その途中開け放し たままの縁側でばったりと遭遇したのだ。
しかし、夜風に揺れる枢木神社の銀杏が日に日に黄金色に染め変わっていくのは 見慣れない俺にとって非常に目に楽しいものではあるが、同時に肌寒くなる季節 だというのに。
こんな様子じゃいつ風邪を引いてもおかしくない。

「…ルルーシュって案外世話焼きだよなー」

「妹がいるからな」

縁側に二人座って、バサバサと髪の毛を拭ってやると、おとなしくされるがまま になっていたスザクが呟いた。
そういえば妹がいることは日本にきてから公にす る必要を感じていなかったこともあり、初めて言ったように思う。

「妹?妹って、おまえに似てる?可愛い?」

「世界一可愛い」

「うわ、シスコンだ!」

「うるさい」

「なんて名前だ」

「ナナリーだ。可愛い名前だろう?…顔はあまり俺とは似ていないが」

「ふうん」

こんなふうに、夜二人きりになるのは久し振りで、ぽつりぽつりと軽口を叩き合 う静寂に、ひどく胸が凪いだ。

「そうだな…。どちらかというと…」

大分水気が抜けて、いつものような柔らかさが戻ってきたスザクの髪に触れ、

「髪の毛はおまえにそっくりだ」

ふわふわと心地良いそこに、鼻先をうずめた。
キラキラと秋の星座が瞬く。
それをスザクと並んで眺められることが、どうしてこんなにも嬉しいのか。

「…妹のこと、好き?」

「もちろん」

世界中の誰よりも、と日本に来る前なら当然のように言えた言葉が、スザクの前 では言えない。
変わらずナナリーのことを愛しく思うのに、どうしてなのか、そ れらの疑問が自分で解けない。

「そんなに大事な妹置いてきちゃってさ、ルルーシュは寂しくないの?」

「それは…。でも、俺が日本で仕事するのがあの子のためだからな」

言い訳めいた言葉に偽りはない。
ナナリーを守るためなら、自分はなんだって厭いはしない。
だけど遠く離れた珠玉に、きりきりと胸が痛むこともある。
それでも弱音は吐けないから、情けなく下がりそうな口角を自制した。

「寂しい?」

なのに、重ねされる静かな問い。
もともと今日はイレギュラーな夜で、らしくないくらいに感情が揺れていたから。
年端もいかない相手に、なんて卑怯な真似だろうかと自嘲したもののスザクの 問いに、躊躇いながらもひとつ頷いた。

今日はゲンブがいないから。
彼が仕事で家を空けることは少なくはないが、それ には大抵自分も付き添わされる。
だが今日は中華連邦との会談のため、珍しく家 に置いておかれたのだ。
いくら皇位継承権がないと言っても、ブリタニアの皇族 を対立国である中華連邦に引き合わせるわけにはいかなかったのだろう。
だからこうして夜になろうと、ゲンブの部屋へと呼び出されたりしない。
引き裂かれる痛みに悲鳴をあげることも、望まぬ快楽の空虚さに歯を食いしばることも 、今夜はない。
けれどその安らかさと静謐が、かえって不安を煽る。

だから、つい、今夜だけはまっすぐなで純粋なスザクに縋りたくなった。
この幼 くあたたかな生き物に優しくされるなら、自尊心に傷がつこうと、甘えだと誰に 罵られようと、いまこの瞬間はどうでもいいような気が、したのだ。

「なあ、そしたら今日蔵に行ってやるよ!」

そして予想に違わず、スザクは真剣な様子で拳を握り、言い募る。

「今日は父さんいないし、行ってもいいだろ?」

「本当か…?」

「髪が妹に似てるって言うなら、俺がいれば寂しくない…よな?」

「ああ、…おまえの髪は、ナナリーを思い出すから」

スザクは優しい。ぶっきらぼうなくせに人一倍お人好しだ。
馬鹿スザク。…そんなんだから縋りたくなるんだ。

(突き放して欲しい)

弱音疑ってくれたら、甘え責めてくれたら、狡猾さを罵ってくれたら、諦められ るのに。

(抱きしめて欲しい)

だけど、どんなに罪悪感で胸が痛んでも、

「ありがとう、スザク」

ごめんとは、言えなかった。

(本当は、スザクの髪に触れて、ナナリーの髪を思い出すことなんて嘘なんだ)

色からして、純然たる白色人種のナナリーはブロンドをベースにした透き通る柔 らかなごく薄い茶色で、スザクのそれは日本人の黒髪の色素を抜いた艶やかな茶 だ。
それにどちらもふわふわとやわらかであるけど、緩くウェーブを描くナナリ ーの髪と比べて、スザクは若干癖が強く、指を絡めるとじゃれつくように跳ねる。
惹かれるのは、おまえだから。おまえだから、その髪一筋まで愛しい。

「じゃあ、寂しくないように…一緒に寝てくれるか……?」

甘える仕草で、まだ少し湿ったやわらかな毛先を撫でる。彼が決して首を横に振 らないと知っていて。

せめて今夜は、今夜だけは傍にいて欲しいから。
どうか刹那でいいから、無償の優しさを俺の肌に刻んで。
そのための手段なら、どんなに卑怯でも構わない。

だから、俺は嘘を重ねる。

- fin -

2008/8/7