抱きしめたいよ、ミッドナイトブルー


COLORS

子供はとても素直。
いつか”嘘”になる日を、今はまだ知らないから。

















































ぽたり。
と、風呂上がりのルルーシュの髪から水滴が一つ落ちた。

「布団、一組しかないけどいいか?」

「別に、ルルーシュが良いなら俺はそれで…」

「そうか。狭くて悪いが、くっついて寝れば大丈夫だろう」

俺にはちゃんと拭くように言っておいて、ルルーシュの髪の毛だって濡れたままだ。




ぽたり。




また、一滴落ちて、それがやけに珍しいことだと気づいた。
よく考えると、夜は必ずルルーシュは父さんとの仕事があり、夜の仕事場には決 して近づくなと言い含められていることもあって、夜に会えることは滅多にない。

「ん?どうかしたか?」

「なんでもないっ!」

「ほら、こっちこいよ」

「わ、わかってる!」

だから、濡れた艶やかな髪や、上気した頬、水分を含んだ肌も、初めて見る。
そのことに、何故だかひどく緊張する。
こんなにドキドキするのに、どうやって同じ布団で寝ろと言うのか。




ぽたり。




等間隔で落ちていく滴は、まるでカウントダウンのタイマーのようだ。

「まったく…」

「え…っ、うわ!!」

なかなか布団に入ろうとしない俺に焦れたのか、ルルーシュは俺の手を引いて、 一緒になって布団に倒れ込む。



















ぽたり。



















ルルーシュの頭が白い枕に埋まる寸前、弾かれたような最後の一滴が、タイムリ ミットだと嘲笑うように、俺に告げた。









「おやすみ、スザク」









何がそんなに楽しいのか、くすくすと笑いを噛み殺して、ルルーシュは二人の体 に掛け布団を被せた。
腕を引いたまま、片手は俺の手を握り、もう一方の手で、 妹を思い出すと言っていた俺の髪を一撫でして。


重ねられた手が、一気に熱をもった。
おとなしく、このままさっさと寝てしまえば収まると思ったのに、早くなる鼓動 と一緒に、籠もる熱はますます高まるばかり。

「あ…暑い」

なんだか足先から頭までのぼせたようにホカホカする。
駄目だ。ルルーシュの顔を見たままじゃ、とてもじゃないが寝付けない。
ゆるく握られた手を振り解いて、ごろりと寝返りをうった。
まだバクバクと心臓がうるさくてしかたないけど、それでも夜の空気が顔に当たり頬を冷やしてくれ て、やっと人心地がつけた。

けれど背を向けた途端、何故だか背中に惑うような気配があって、細い指が俺の 背中をきゅっと掴んだ。
その布越しの感触が、ちくりと胸を刺す。
もともと、ルルーシュの寂しそうな顔が見たくなくて、笑ってほしくてここまで来たのに。
俺はルルーシュを困らせてばかりだ。
それが悔しくて、恥ずかしくて、あまりにも情けなくて。
その指の求める行動をわかっていながら振り向けなかった。
頑なに背を丸めていると、ルルーシュの指が何か言い澱んで震えた。

「…こ、こっちを向いてくれない、か」

俺の背中に懇願するかのように唇を寄せて、小さく、本当に小さく呟く。
普段、大人気ないくらいプライドの高いルルーシュが、そう言ったのだ。

「スザク…」

ついで低く響く声音が首筋に押しつけられて、ぞくりと血が沸騰しそうになる。





(お願いだから俺から離れて!)





でも、それより、少し掠れた吐息が切なくて、ドキドキと跳ね上がっていた鼓動 ごと胸を押し潰してしまうくらいに痛い。





(抱きしめ、たい)





そして思わず衝動的に体ごと振り返った。

「これなら、寂しくないだろ!?」

そのまま濡れた黒髪を引き寄せてお互いの額をコツンと合わせる。
多分真っ赤になっている俺の顔を、見られたくないから。
せめてこれくらい格好つけさせてくれてもいいと思う。
ルルーシュが大きな紫の瞳を一瞬見開いて、ゆっくりと強ばった頬を弛めたのが 見えた。
ふ、と詰まっていた息も吐き出し、灯りひとつない蔵の中でもわかるく らいに安心しきったた表情を浮かべる。

「スザク、手、を…」

「繋ぎたいの?」

「………ん」

勝手なもので、一回開き直ってしまえば恥もかなぐり捨てられるらしい。
自分だけでなくルルーシュも顔を熱くして不本意そうに唇をとがらすのも俺を後押しし て、今度はルルーシュが望む通り、俺より大きなその手を強く掴み取れた。





























「ずっと、握っててやるから」

         おやすみ、ルルーシュ。





























出来る限り、精一杯、優しい声で囁く。
猫みたいにつった目が安堵に細まり、そのうち、どうしてこんな事くらいで、と 思うくらいあっという間にルルーシュは眠りに落ちた。
俺は、穏やかな寝息をたてるルルーシュの手を握ったまま、途方にくれた。
閉じられていてもなお優美さを失わない双眸、細く通る鼻筋、透けるような頬に 、無防備に薄く呼吸する唇が、すぐ目の前だ。

…ヤバい、まじ心臓破裂しそう。

「おち、つけっ、俺!」

ルルーシュを起こさないに小声でそっと自分を鼓舞する。
すやすやと安らかに寝ていられるこいつが何だか恨めしい。


「くそ…、眠れない…」


でも、穏やかな寝顔に安心した。
今夜のルルーシュは、少しだけいつもより危うく感じたから。


「…ルルーシュ」


高い天井に吸い込まれる言葉に、返事をしてくれる存在は、もういない。
静寂はかえって耳に痛くなるばかりで、ことさら大きく心音が響く。
ちらりと目の前を見れば、起きそうもないくらいぐっすりと眠っているルルーシ ュがいる。

知らず、ごくりと喉がなった。
だって、一緒寝られるなんて、本当に珍しくて。
俺だけのものに思える錯覚に、目眩すら覚える。
約束通り握った手はそのままに、隣に覆いかぶさるように身を乗り出した。





「俺がおまえを…」





呟く言葉が、夢の中のこいつに届けばいいのに。
そんな馬鹿なことを考えたまま、バクバクと警鐘のように鳴るそれを無視して、 白く形の良い額に顔を近づける。
唇が触れた瞬間、耳が火に火がつくのを感じた。

恥ずかしくて、まだ真正面から言える勇気はないけれど、今は夜で、俺を咎める ものは何もいない。
でも、いつか必ず、その紫を見つめて伝えると誓うから。



















「…守ってやるよ」



















だから、今だけは嘘のない真実を。

- fin -

2008/8/7