アンフェア・ナンフェア


COLORS

好きになった方が負け?
なんてくだらない。
勝利とは、愛する術を知る者が手にするにふさわしい。
そうは思わないか?

















































それは不用意だと断じるには、ありきたりすぎる一言で。

「少し、出掛けてくる」

ルルーシュがそう言って上着を羽織ることも、いつもと同じだったから。
週明けに提出の課題に取り組むスザクも、一瞬だけ捨てられた子犬のようにしゅ んとなって、それから「いってらっしゃい」と、少しだけ拗ねた風情で送り出し てくれるだろうと考えていた。
そしたら、帰りに何か甘い菓子でも買って、可愛い子犬をあやしてやるつもりで すらいたのだ。
けれど。

「だ、駄目だっ!!」

スザクは突然立ち上がり、叫んだ。
勢いあまって椅子は派手に転がり、ガタガタと音をたてる。
予想外の言動に驚き相手を見やると、顔は血の気が引いているし、握った拳は震 えている。

「出掛けるってどこに!?ま、また電車に乗るつもりかっ…?」

「…は?」

あまりのスザクの動揺に、ルルーシュは思わず開きかけていた扉を戻してしまっ た。
それはスザクに対する隠し事が、後ろめたさを伴っていたからだったかもしれな い。

「スザク?電車がどうかし…」

「するに決まってるだろ!!」

健やかな常盤に似つかわしくないくらい、ぎらぎらとスザクの瞳がつり上がる。
だが、憤激のすべてを押し込めて睨みつけるその瞳で、ルルーシュはスザクの動 揺の理由に思い当たった。
確かに先週見たそれと、同じ感情を湛えていたから。

「…あんなことは、もうない」

だから行かせてくれ、と目で訴えたが、それはスザクを煽る結果にしかならなか ったらしい。

「もうない!?どうしたらそんなことがわかるんだ!次はもっと酷いことされるか もしれないんだぞ!?」

「そ、れは…」

ますます激しく言い募るスザクの剣幕に、ルルーシュはうまいこと丸め込める言 い訳が口にのぼらなかった。

「絶対、ルルーシュを行かせないからな!!」









*









スザクをこうも過干渉に追い込む理由は、大いに心当たりがある。
それは、先週のこと。
定期的に報告の場を設けているミレイに会うために、外出した日のことだった。

枢木神社の周辺は、あまり人口の多くはない集落の中心にある存在で、それ故に 外部からの侵入に機敏に反応を示すところがあると、ルルーシュ自分が身をもっ て経験していた。
ブリタニア本国から日本までミレイが来て、ルルーシュと共にいると誓ったこと に感謝しつつも、ルルーシュはミレイをこの『枠』にいることを望まなかった。
聡い彼女はそれを認めて、枢木神社の最寄り駅から二つ離れた駅前に住処を決め てくれた。

それ以来、会いに行くのは合理性を優先した結果、ルルーシュと自然に決まった。
枢木家のものの目を盗むのは容易いと言えば容易であったし、あの家で一番ルル ーシュを気にかけるスザクも、ルルーシュが時折出掛けることに異を唱えること などなかった。
     あの日までは。


ミレイに会ったこと自体にはなんら問題はなかった。
普段通りルルーシュは出掛け、ミレイが見つけたのだと自慢する雰囲気の良いカ フェに連れられ、お茶をする。
冗談をふんだんに織り込んだ彼女の話術は巧みで、ルルーシュには数少ない息抜 きの時間でもあった。

問題は、その帰りの電車で起こった。
痴漢に、遭ったのだ。

あまりに屈辱的な出来事だったため、ルルーシュは早々になかったこととして処 理をしたことでもある。
しかし、運が良かったのか悪かったのか。
剣道の練習試合の帰りで、スザクが同じ電車に乗り合わせていた。
今のスザクの様子を見る限り、当のルルーシュが忘れていても、スザクは大きな 衝撃を穿たれたようだ。

ルルーシュとて、驚きがなかった訳ではない。
身動きのとれない車内で、不快に蠢く指。
激しい屈辱感。
生理的な嫌悪感。

それらを拭うことなど出来なかった。
けれど、一駅で解放されるという打算がわずかに勝って、諦念にも似た心地でさ れるがままになっていた。

電車のドアの開くその刹那。
見知らぬ腕に押し留めようとされ不快さに思わず喘いだ。
その時, ルルーシュ、と、自分を呼ぶ聞きなれた声音にどれだけ安堵したか。
スザクですら、きっと理解していない。

いつだって自分を外へ連れ出してくれた小さな手に、引かれた。
震えているのがどちらの指だったかわからないくらい、強く。

その帰り道、二人は手を繋いで枢木の家まで戻った。
始終泣きそうな顔をしていたのは、ルルーシュではなくスザクの方だった。
ごめん。としきりに呟いて、気にするな。と返すたび、握った手に痛いほどの力 を込めていた。

ルルーシュには、スザクが何を思って泣くのか正確に判じられなかった。
それでも、その涙は自分のためなのだろうかと想像した。
とめどなく溢れる、透明でそれが、もしかしたら、と。
ルルーシュにとってその想像は、清廉に膝を折り、純粋さ頭を垂れたいくらい、 甘やかな想像で。
そっとルルーシュが微笑んでいたことは、目元を擦るスザクは気づかなかったけ れど。









*









「…だけどスザク、今日は会わなくちゃいけない人がいるんだ」

「駄目だっ、行くな!」

いつの間にか、小さな手のひらはルルーシュを逃がすまいとして、シャツの裾を きつく握りしめていた。
深い皺を刻むほど必死にしがみつく手を振り解けるはずもなくて。
けれど、行かなければずっと待っているであろうミレイを放っておくことも、ル ルーシュには出来ない。

「スザク、そうは言っても…」

「行くなら俺も連れて行け!!」

困り果てて溜息をつきかけると、スザクが語気も荒くそう言った。
しかし、ルルーシュの密会相手はブリタニア人。
それもミレイ本人が日本にいると本国に伏せた状態の今、スザクにすら、彼女の 存在は隠し通したい。

ただの我が儘なら、切って捨てられもする。
だが、真摯に伸ばされる腕を傷つけることも難しく、ルルーシュが渋い顔をする と、常盤がふと伏せられた。
ふわふわとした栗色の髪だけが、淡く目に写る。

「スザク?」

訝しんで顔を覗き込むと、思いがけないほど強い色をした双眸にぶつかる。









「…守るから」









瞳に反する、小さな呟き。
けれどすべてを奪う、まっすぐな。





























「今度はルルーシュに嫌な思いなんてさせない! 絶対絶対、俺がルルーシュを守ってやるよっ!!」





























全身で、そう叫んだ。
拡散することもなく、声はまっすぐルルーシュに届く。
あの日と同じ、身が切れそうなほどの痺れが走った。
肌が粟立つほどの、歓喜。

「…わかった」

同時に、悔しいと、ルルーシュは唇を噛む。
勝つのは、愛した方のはずなのに。
ならば、勝つのは間違いなく自分なのに。

どうしたって、勝てないんだ。
こんなにこんなに好きなのに。
スザクには。 …スザクだから。


なんて理不尽。
なんて不公平。


それでも。
蓮の花のような大輪の笑顔に、逆らえない。 かなわない。 抗えない。





























「一緒に行こう、スザク」





























          惚れた弱みだなんて、死んでも認めはしないけど。

- fin -

2008/8/23