COLORS
それからの数十分は、ある意味で地獄だった。
ただしルルーシュにとってのみ、だったけれど。
俺がオレンジジュースを一杯飲み終わるまでの間に、ルルーシュは明らかに疲労困憊していた。
それというのも、清々しく微笑んでいる目の前の女のせいだった。
一応密会ということになっているこの場に何故俺を連れ来たのかと、
ルルーシュをしつこくしつこくしつこく質問攻めにしたのだ。
別に俺は言っても構わないと思ったが、プライドだけは富士山並に高いルルーシュは、
口が裂けようと『痴漢警戒のため』に俺がくっついて来た、とは言えないようで、必死に口を噤んでいた。
結局、にやにや笑いながら追いつめてくるミレイに勝てず、すっかり白状させられていたが。
俺だけがなんとなく間がもたなくて、すでに氷しか残っていないグラスをストローで突っついた。
「うん。大体の事情は飲み込めたわ♪」
「それは良かったな」
「いやだわルルちゃん、そんな怖い顔してぇ」
「誰のせいだ!」
「だってあなたを守るからには、現状の把握くらいちゃんとしなきゃね」
ミレイは可愛らしく小首を傾げたが、誰がどう見ても愉快犯でしかない。
これ以上は噛みつく気力もないのか、ルルーシュはぐったりと額を押さえた。
少し心配になって顔を覗きこむと、アメジストがやわらかく苦笑した。
「悪いなスザク、退屈だろう?」
「ううん、別に…」
「はは、おまえは本当に嘘が下手だな」
ルルーシュはくっくと笑うと、空になった俺のグラスを取り上げて、立ち上がった。
「お詫びにもう一杯、奢ってやるよ。ミレイは何かあるか?」
「ありがたいけど、私はまだ紅茶残ってるから」
「そうか、じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃぁい」
ルルーシュの背中が見えなくなったのを確認して、ミレイは頬杖をついて俺をま
っすぐに見つめた。
二人きりなのがいたたまれず、思わずそっぽを向いてしまった。
しかし彼女はにっこりと微笑むと、ありがとう、と言った。
淡いルージュを引いた唇が、愉しげに歪む。
「スザク君はルルーシュを守ってくれたのね」
「…う、うん」
それがとても優しい声だったから、敵愾心を剥き出しにしていたことを少しばか
り後ろめたく思った。
『仲良くしてやってほしい』とルルーシュが言ったのを思い出して、ルルーシュ
が言うくらいだからそんなに嫌な人間じゃないはずだと、ちらりとミレイに目を
向けた。
それに気付いたのか、ミレイも笑みを深くした。
「あなたは騎士みたいね」
「きし?」
耳慣れない単語に、俺は首を傾げる。
でも何故だか、心の襞がざわりと蠢いた。
「そう。麗しいプリンセスを守るナイト。聞いたことない?」
「んー、なんか絵本とかでなら…聞いたことある気がするけど…」
「そうね。でもブリタニアでは今も騎士制度があるのよ。騎士はね、ブリタニア皇族に仕え傅き守る者。
ただ一人の主君に、一生の忠誠を誓った人のことを言うの」
「まも…る」
ざわざわと、次第に胸の騒ぎが大きくなっていく。
ちらりと、机に置いてきた、真っ白なままの作文用紙を思い出した。
「あ、あんたは違うのか!…?ルルーシュを守るために日本まで来たんだろう?そ
れって、"騎士"じゃないのか?」
"騎士"というものがまだよくわからなくてそう言うと、ミレイの明るい表情に翳
りが差した。
「私は、違うの。彼を守れなかったし、ルルーシュのすべてを守ってあげられる
ほど強くない。…何より本人が認めた人じゃなきゃ騎士にはなれないのよ
」
騎士になればルルーシュを守れるのだろうか。
ずっと、全部。
「…あのさ。お、俺でもなれるかな。その"騎士"ってやつに…」
ばくばくと心臓がうるさいくらいに鳴った。
俺はブリタニア人じゃないし、全然大人でもない。
だけど、守りたい。
いつだって少し寂しそうに笑うルルーシュを、守ってやりたい。
他の誰かじゃなく、俺が。
ミレイ驚いたようにぱちぱちと瞬いて、それからふわりと笑った。
「ええ、なれるわ、いつか絶対。これからも皇子様を守ってあげて」
お願いね、可愛いリトル・ナイト。
冗談めかしてミレイがウィンクした時、ルルーシュがグラスを持って戻っ
てきた。
くすくすと笑い合う俺達を不思議そうな顔をして見たのがとてもおかしかった。
*
その日は、ルルーシュと手を繋いだ帰った。
俺はミレイの話を聞いてからずっと心が躍って、嬉しくて胸がいっぱいだった。
「ずいぶん楽しそうだな」
「うん。宿題、今なら出来そうなんだ!」
早く早く、真っ白な作文用紙を夢で埋めたい。
やっと見つけたんだ。
大切なものを守れる方法を。
- fin -
2008/9/26