それはまるでブルーバード


COLORS

散る散る満ちる。
それは、恋の意味を知った冬の日

















































走ると直に冷たい風があたり、痛いくらいにきんと耳が冷える。
それでも誰より早くルルーシュに伝えたくて、必死に駆けた。
吐き出した息が、目の前を白く霞ませるけど、それにも構わず枢木神社の長い石 段を一気にあがる。

「ただいまっ!ルルーシュいるかー?」

「おかえりスザク。…何度も言うが、帰ってきたらまず本家に行け」

「いいじゃん、どうせこっちに来るんだし。なあ、ルルーシュは今日ずっと蔵に いたのか?」

「ああ、というか仕事があったんで今日はずっとデスクワークだ」

今日はやけに寒いから肩が凝った、と悠長に首を回す仕草にじれて、ルルーシュ の袖を引いた。

「じゃあ、外!外行くぞっ」

「はぁ?」

何事かと顔をしかめるルルーシュも気に留めず、まだ肩に掛けたままにしていた 学校鞄を乱暴に放る。
弾みで、カラカラと小さなものが鞄の転がり出てきた。
それをルルーシュが見咎めて、身を屈めてひょいっと拾い上げた。

「これ、どうしたんだ?」

「ああコレ?学校のロッカーの南京錠。なんか壊れたみたいで開かないから壊してきた」

「…素手でか?」

「うん?そうだけど」

当たり前だろう、とそう言ったらルルーシュは引きつったように頬の片側だけを歪ませた。

「…っていうか、これ壊れてはいないんじゃないか?」

「でも鍵挿しても開かなかったんだ」

「馬鹿、スザクは乱暴なんだよ。金属っていうのは気温によって伸びたり縮んだりするんだ。 今日は急に冷えたから、少し不具合が出ただけかもしれない」

「ふうん」

でも壊しちゃったもんは壊しちゃったし。
難しいことを言われたってよくわからない。

「…それより!早く行くぞ!上着持てよっ」

「はいはい。わかったから落ち着け」

学校から走ってきたせいでぐしゃぐしゃになった俺の髪を、ルルーシュは丁寧に 指で梳いて、外出用の黒いカーディガンを探して肩に羽織った。

「おい、そんな薄いのでいいのか?」

「いいさ。着膨れるのはあまり好きじゃないしな」

それでも薄手のタートルネックのニットにカーディガン一枚じゃいくらなんでも 寒いに決まってる。

「じゃあこれ使え!走ってきたから俺はいらないし」

ブーツを履くために屈んだ、自分の頭より低い位置にあるルルーシュの首に解いた マフラーを巻き付ける。
毛糸のもこもこしたマフラーじゃ、どうしたって格好は つかないけど、無地の紺色なのがせめてもの救いだ。

「…悪い」

困ったように薄く浮かべられる笑みは、それだけで”ありがとう”の代わりになる。

「べ、別に良いよ、マフラーくらい!風邪とか、引かれたら困るからな」

どんなことからも、俺はこいつを守りたい。
そう思うのに、どこか引っかかった。
何がおかしいのか解らないけど、さっきの錠前みたいに正しい鍵なのにきちんと 挿さらない、そんな感じだ。

最近、ずっとこんな感覚が続いている。
どこがどう噛み合っていないのかが不思議で、唸りながら考えていると、いつの 間にかブーツの紐を締め終わっていたらしく、ルルーシュが立ち上がっていた。

「ところで、そんなに急いで、外に何があるんだ?」

「うん。この蔵、窓がないだろ?」

「ああ、ないな」

「だから、知らせようと思って」

何を、とルルーシュが言い終わるぐいっと腕を引っ張って、扉を開いた。
本当は、一面の銀世界ならもっと綺麗だったと思ったけど。
両手を思い切り広げ、それをルルーシュに見せる。





























「初雪、降ってきたんだ!」





























学校帰りに、ちらちらと真っ白な結晶が。
曇天に、それはふわふわ漂うようですごく綺麗に思えたから。
俺が一番に知らせたかった。
そう思ったら、駆け出さずにはいられなくて。

「本当だ。雪…」

白い息を吐き出して、ルルーシュも空を見上げた。
なんとなく嬉しそうに細められた目に、走ってきて良かったと俺は心底思った。
艶やかな黒髪と、黒っぽい服だったために、ちらちらと降りしきる粉雪が彼の体 にくっついて、まるで飾りたてるように輝いている。

「すごい…。雪は好きだけど、ブリタニアの雪とは全然違う」

あ。
このルルーシュの弾んだ口調、前にも聞いたことある。
そう、確か夕飯がエビチリだったときとか。
一緒におやつを食べた時にプリンが出た時とか。
彼の妹の話を聞かせるときとか。…ってことは、

「ルルーシュは、冬が好きなのか?」

何気なく、だけどどうしても知りたくて、訊いてみた。

「ああ。空気に弛みがなくて、痛いくらいに凛とした雰囲気がとても綺麗だから」

言いながら、ルルーシュは楽しそうに腕を伸ばし、その手のひらに雪の結晶を受 け止めている。

「俺は季節の中では冬が一番好きだ」

冬の空気がその言葉をいやに鋭利に尖らせ、真っ直ぐ心臓に突き刺さした。
何気ない、一言。





























『好きだ』





























同時にすとん、と何かが胸に落ちてきた。
あるべきところに、あるべきもが寸分の狂いもなくぴたりとはまるように。

ああ。
これだったんだ。
やっと見つけた、小さな違和感の正体。
持て余すように、だけど捨てることも出来ずにずっとずっと大切にしてきた手中 の鍵。
それが今、収まるべき場所へと。

大切とか。
守りたいとか。
傍にいたいとか。
間違っていない感情なのに、いつも感じていた微妙な収まりの悪さ。

やっと、やっと見つけた。
この鍵穴にはまるのは、もうそれ以外にありえない。
音をたてて、錠が外れる。

空に翳していた手をおろし、ルルーシュが振り向いた。

「スザクはどの季節が一番好きなんだ?」

「お、れ…?」

気がついてみたら、急に世界がキラキラと輝いて見えて、数メートル先の笑顔に すら目が眩んでしまう。
すべてが眩しいのは、ちらつく雪のせいじゃないと、今ならわかる。
その息苦しさに喘いで、ルルーシュから投げられた問いに上手く答えることすら 出来ない。

「俺、は…」

「あ、そうだ。俺が当ててやろう。確率は四分の一の上、スザクの思考を当てれ ば良いだけだからな」

俺が口ごもっていると、都合良くルルーシュは答えをすぐには求めず、自分で言 い当てるつもりになったらしい。
ぶつぶつと呟きながら勝手に考察をはじめる。

「そう、だな…」

馬鹿みたいに真剣に考えていたルルーシュが、確信めいたものを瞳に滲ませて、 正解を促すように視線をあげた。





























「…スザクは春が好きだろう?」





























ふわりと軽やかな微笑に、心臓が大きく跳ねた。
そんなふうに、俺に笑いかけないで。
開かれた錠から、溢れてしまう。
もう、止まらないから。

まだ上手いこと口を動かせなくて、黙っているのを不正解の仕草と受け取ったの か、ルルーシュは残念そうに目を細めた。
慌てて首を降って、間違ってはいないことを伝える。
ありふれた言葉なのに、初めて正しい重さを持ったそれは微かに胸と言葉を震わせた。

「当たってるよ、ルルーシュ!俺、春が一番…っ」





























        だけど見つけたんだ。やっとわかったんだ。俺は、















































































「好きだよ」



































































































好きなんだ。ルルーシュが。

- fin -

2008/12/29