ハロー・チェリーブロッサム


FLOWERS

始めに行く場所は決まっていた。
そのための地図はいらない。
戦禍でも崩れなかった長い石段を、ルルーシュは一歩ずつ登っていく。
スザクの生家である枢木神社がこの場に残っていないことも、スザクが枢木の家 と縁を切ったきり行方知れずだということも、本国であらかじめ調べた時点で知 っていた。

しかしルルーシュは、スザクを捜す出発点をここと心に決めていた。
感傷が過ぎると自嘲しながらも、笑い出しそうな膝を叱責して足を進めた。

「…はぁ」

長い石段をようやく登りきり、膝に手をついて息を整える。
顔を上げれば、そこには何もなかった。
日本の信仰に通じる場所は、戦争において徹底的に破壊されたものの最もたる ものだ。
枢木神社も、そのひとつだった。

それこそ自分の目で、真っ赤な鳥居が焼け落ちるのを見たというのに、ルルーシ ュはこの場所に来た。
人どころか存在ごと掻き消されたように、その焼け野が原は佇んでいる。
この場でスザクを見つけられるなど、端から思ってはいない。

ルルーシュが望んだのは、己への肯定。
自分自身に許しを請いたかったのだ。この身勝手さの。
焦土は風化し黒茶けて乾いた砂埃が吹き荒れるだけだ。
枢木神社も、本家も、ルルーシュとナナリーが一夏を過ごした土蔵も、スザクと ながめたルリマツリの枝も、すべて。
何も残ってはいない。

「予想は、してたけどな…」

大丈夫。
思い出ごと、スザクごと消されたわけじゃない、と胸に手を当てて目を 瞑る。
再び目を開けた時、少し遠くに瘤の出来た老樹を見つけた。
半分は恐らく戦争で焼け落ちたのだろうが、残った木にはいくつかの蕾が綻んで いる。
近寄って、崩落しかけた木肌を撫でた。

「桜、か。…おまえだけは残ったんだな」

スザクがよく木登りをしたのはこの樹だろうか。
七年前の記憶を手繰ろうとした時、強く風が吹いた。
ルルーシュの長い黒髪がさらわれる。
風がやみ、不意に振り向くと、見知らぬ女が一人いた。

「ここにはおまえの探す花はない」

凛と、黄金色の瞳がルルーシュを刺す。
女の着る、紺地の着物がはためいた。

「…誰、だ?」

「私はただの魔女だよ、ルルーシュ」

魔女と名乗った女は秘めやかに微笑した。
魔女というのが何を示すものかは解らないが、得体の知れなさは確かに童話の 魔女に匹敵するだろう。

「それで、私に何か用か?悪いが、構っている時間はそう取れない」

「別に取って喰おうなど考えていないさ。ただ私は教えに来ただけだ」

くっくと笑った魔女は一歩、ルルーシュに近づいた。

「力が欲しいか?おまえが望むなら、私はおまえに力を与えてやれる」

なるほど、この女は間違いなく魔女だ。
しかし少女ならば誰もが知っている。
魔女の甘美な誘惑は己の身を滅ぼすだけなのだ、と。

「はは、生憎だがそんなものは要らないな」

毒林檎をのんびりと賞味しているような暇は、ルルーシュにはない。
ネクロフェリアの変態王子のキスを待つだなんて、考えただけでもおぞましい。

「私が欲しいのは、私の探してるただ一輪の花だけだからな」

欲しいのは、無能な王子のくちづけじゃない。

「だからさよならだ、黄金の魔女」

ひらりと手を振ってルルーシュが身を翻しても、魔女は表情一つ変えずにいた。
視界の端に萌葱色の長い髪を捉えたきり、ルルーシュは振り返りもせず枢木神社 をあとにした。

"まほうつかい"も"おうじさま"も、ルルーシュはそんな馬鹿げた存在を信じてい ないのだ。

- fin -

2008/9/17