ハロー・チェリーブロッサム


FLOWERS

「いらっしゃぁ〜い、ルルーシュ皇女殿下!!」

「…相変わらずだな、ロイド」

「あっは〜!面倒くさそうな顔!でも一応、ここの責任者はあなたになるんですから、顔見せくらい笑顔でいて下さいよぅ」

「ロイドさん!…すみませんルルーシュ様っ。上司には私からきつくきつく言い渡しておきますから」

言い渡すも何も、今この瞬間ロイドの首に彼女の五指が食い込んでいるのは、果たしてルルーシュの目の錯覚だろうか。
否、そう思いたい。

「いえ、いいですよセシル女史。それより、今日手続きの必要な書類というのは?」

「あ、はいすみません!こちらです」

まあロイドがいなくなればなったらで、特派の責任者などという面倒を引き受け ずに済む。
それはそれで良いかも知れないと、ルルーシュは次第に青ざめていくロイドの顔 色を見ながら思っていた。
もともと特派は第二皇子シュナイゼルの、第七世代ナイトメアフレーム"ランスロ ット"の開発のための私設研究チームだ。

件のナイトメアフレームは従来型と異なり、原動力にサクラダイトを大量に使用 するために、本国ではなくサクラダイト原産国の日本で研究を行っていた。
しかしルルーシュのエリア11副総督就任が決まると、シュナイゼルは特派の責任 者を勝手にルルーシュに委任してしまった。
曰わく「愛しい妹姫に、私から"騎士"を贈ろう」とのこと。
要するに後盾もなく、たった一人の庇護者であったコーネリアの元を離れるルル ーシュへの餞別のつもりだろう。
けれど重いし面倒だし何より兄上の気障なセリフは鼻につくし、正直有り難迷惑 な感は否めないが、今更ナイトメアフレームの研究を止めさせ特派を本国に送り 返す訳にもいかない。

はぁ、と思わず重い溜息がこぼれた。
本当なら、こんなことで手を煩わせている暇はない。
結局昨日の時点でスザクの居場所は、手掛かりすら掴めなかった。
今日もこの手続きが終わったらすぐにでもスザクを探しにいく心積もりだ。
だから、だったかもしれない。
普段は些事であろうと一応は目を通す書類に、心ここにあらずでろくに見もせずにサインをしてしまった。

「…よし、これで良いだろうか?」

「はい。どうもありがとうございます」

「それで、この書類は何の令状だ?私のサインが必要な一等兵の呼び出しなんて」

「デヴァイサー候補が見つかったんですよ〜」

げほげほと咳をしながらも、ようやくセシルから解放されたロイドが、今にも踊 り出しそうな雰囲気で、両手を広げて説明を始めた。

「デヴァイサー?ランスロットのか?」

「そーうですよ〜!なぁんとテストの結果適合率九十パーセント!!さぁいこうの パーツですよぅ!!」

「でもその…色々問題ある相手でして、私たちの呼び出しだけでは少々難しいよ うで」

「問題?」

うかれるロイドに反して、セシルの顔色が曇る。
特に興味があった訳ではないが、これ以上の問題は煩わしいと、ルルーシュは顔 をしかめた。

「ええ…あの、」

「失礼しますルルーシュ皇女殿下」

「ヴィレッタ?」

セシルが重い口を開いたその時、総督の補佐をしていたはずの女性が、突然扉を 開けてルルーシュに近付いてきた。
用件になんとなく予想がつくせいで、本音を言えば心底訊ねたくはない。

「…兄上が何か?」

「はい。ルルーシュ様がお出掛けになられる前に、是非ブランチをご一緒したい とのことです」

「で、私とブランチを食べるまでは仕事はしないと?」

「…お察しの通りです。準備は出来ておりますので、よろしければ」

「はぁ…わかった。すぐ行こう」

痛む額に指を添えて、あの馬鹿兄上が、と誰にも聞こえることのない声音で呟い た。

「悪いがセシル女史、そういうことだから今日は失礼する。話の続きはまた今度 聞かせてくれ」

「あ、はい、わかりました!」

仕方なく踵を返し、ヴィレッタに従う。
これで遅れでもしたら、またクロヴィスが駄々をこねるだろう。
それで今日の出発が延びたら、それこそ堪ったものではない。
よく考えたら、朝食を抜いたせいで腹が空いた…ような気もしてきた。

「はぁ〜い、ざぁんねんですけどまた今度〜!」

間延びしたロイドの声を背に、ルルーシュは特派の研究所をあとにした。
翻したスカートから、いつの間に絡まっていたのか、一枚の花びらがひらひらと舞った。



















「…良いんですか?ロイドさん。デヴァイサー候補のこと、ルルーシュ殿下にお伝 えしなくて…」

「いいよぅ。彼女、責任者になったって言っても、別に研究に興味がある訳じゃ ないしね〜」

「ロイドさん!失礼ですよっ」

ルルーシュのいなくなったあとの特派では、セシルが気まずげにロイドを窺うが 、彼は飄々としたまま手を振っただけだ。

「大体、何て説明するつもりだい?セシル君は」

「それは…」

「ルルーシュ殿下って、あの選民思想の強いコーネリア皇女殿下に育てられたっ て言うし、デヴァイサー選んじゃうまではなんとかこっちで誤魔化すしかないでし ょう?」

「でも…事後承諾なんて、タチが悪くないですか」

「まあそこは上手くやるよぉ。でもさぁ、せっかく見つけたっていうのに、厄介なパーツだよね」

厄介と言いながらも、ロイドはへらへらと笑う。
不意に、ルルーシュのドレスから落ちた花びらを、研究者らしい節のない指が拾 い上げた。

「よりによって、ナンバーズの一等兵でしかも女の子?あはは、ホント面白いパーツを見 つけちゃったよねぇ」

- fin -

2008/9/18

(望んだ答えは、すぐそばに)