ハロー・チェリーブロッサム


FLOWERS

「おやおや、どうしたんだい?随時機嫌が悪いようだねぇ」

エリア11に来てすでに四日。
ルルーシュは確かにすこぶる機嫌が悪かった。
今現在もクロヴィスと差し向かう朝食の席で、眉間に深く深く皺を刻んでいる。

「兄上、食事中の私語は慎んで下さい。うるさいですよ」

「ひ、酷いよルルーシュ!私は君を心配して!」

常に大仰なクロヴィスのリアクションなど歯牙にもかけぬ風情で、ルルーシュは 香ばしいクロワッサンを噛みちぎる。
この三日というもの、スザクの居場所の手掛かり一つ手に入らない。
こちらに来る前に手配していた情報網もまったく役に立たず、ルルーシュの苛立 ちを助長させた。

「…今日も出掛けるのかい?」

「当然です」

「しかし一体何を探しているのかな?昨日だって、ろくに寝ていないのだろう?」

「…探し物が見つかったら、ちゃんと寝ますよ」

きょうだいを心配する気持ちはわからなくはなく、また普段大らかなクロヴィス にここまで心配されていることを知り、申し訳なさからルルーシュは少し頬を緩 めた。
それでも休んでいない体で食欲が湧くはずもなく、無意味にスプーンでヨーグル トをかき混ぜた。

「…ああ、そうだ」

それは寝不足による注意不足だったのかもしれない。
秀麗な眉根を寄せた兄が真面目な顔で告げた忠告を、ルルーシュはうっかり聞き 流してしまった。

「最近、ナンバーズによる小規模なテロ事件が多いから、くれぐれもゲットーに近付いてはいけないよ」




*




電車に乗るのは少しつらい。
ブリタニアが日本人を踏みつけた証拠が、窓の外で延々と流れる。
租界側へと目を逸らしたところで、事実は変わらない。
それに、この壊れた街のどこかに、スザクがいるかもしれない。
そう思っただけでルルーシュは胸が苦しくて窓ガラスに拳を押し当てた。
電車を降りたのは新宿租界で、行き先は日本人の雇用センターだ。
本来なら昨日までに行っておきたかったが、管理が杜撰だと聞いていたために先 延ばしになっていた。
駅前の地図で場所を確かめる。

「あと、三日か…」

それまでにスザクが見つからなければ、望みもしない騎士がつくだろう。
スザクとの約束を違える訳にはいかない。
髪が乱れるのも気にせず頭を振り、気持ちだけは無理にでも奮起させる。

会いたい。
せめて、一目で良いから。

「ふぁっ!」

とん、突然肩に重みがかかった。
不意打ちにルルーシュが前傾になると、乗り掛かったものは自分からバランスを 取った。
みゃあごと首筋で鳴き声がして、それが猫だと知った。
揺れた長い髪に、思わずじゃれついたらしい。

「ちょ、な、うわぁっ!」

ぐるぐると肩を土足で徘徊する猫に戸惑いながらも、猫が落ちないようになんと かバランスを取る。
不意に肩が軽くなり、ようやく逃げてくれたのかと安堵したが、いやに肩が軽す ぎる。

「ああ、私の鞄!」

慌てて黒猫を見るとルルーシュの小さなショルダーバックをくわえていた。
取り返そうとじりじりと間合いを詰めるが、当の猫がきょとんと自分を見詰め返 すのが憎らしい。
思い切って手を伸ばしたが、敏捷な猫はそのまま走り出してしまった。

「待て!」

そういえばスザクは猫が好きだった。
そしてルルーシュは猫に構っては咬まれるスザクが好きだった。

「…こ、このバカ猫っ!!!!」

しかし、三段論法のように猫を愛することは出来ないと、ルルーシュは今この瞬 間確信した。

- fin -

2008/9/21