ハロー・チェリーブロッサム


FLOWERS

気付けばルルーシュの両手は、泥と赤黒くこびり付いた血で、酷く汚れていた。
自分のものではない血液を厭うことなく、ルルーシュは強く握りしめる。
その拳ごと、ふわりと濡れたタオルで包まれ、顔を上げると心配そうに眉を寄せ たセシルがいた。
トレーラーの低いステップに腰掛けたまま、ルルーシュははっと顔を上げた。

「セシル女史、スザクは…っ?」

「今ロイドさんが治療しています。専門家ではないのであくまで応急処置ですけど、心配はありませんよ」

スザクはルルーシュを庇った際、怪我を負っていた。
飛散したガラスが肩に深く刺さり、それを見た時ルルーシュは息が止まった。
だというのにスザクは無線で「副総督を保護したので至急応援を」としか連絡し なかったせいで、こんなにも治療が遅れてしまった。
現場付近に特派のトレーラーがいると知り、ルルーシュはロイド達を呼びつけスザ クの治療を無理にさせた。
ようやく会えたのに。
守ると誓ったのに。
どうして自分はこんなに無力なのだろう。

「…あの、こんな時に失礼かと思いますが、副総督は枢木一等兵とお知り合いで すか?」

「ええ。でも軍は今日にでも辞めさせます」

「そんな…!」

もう、自分に出来ることはそれだけしかないと思った。
どうしてスザクが軍にいるかは解らないが、そんな危険なところに彼女を置いて おきたくはない。
軍属なら、恐らくスザクの肩書きは名誉ブリタニア人。
安全な仕事に就かせるのも、それほど難しいことじゃないはずだ。
幸い、今の自分はそれが出来る地位にいる。

「…セシル女史?」

しかしルルーシュの言葉を聞いた途端、セシルが顔色を変える。
その時、プシュとトレーラーの扉が開いた。

「お〜め〜で〜とー!!ルルーシュ殿下ありがとうございまぁす!わざわざ連れて 来て下さったんですね〜!!!!!」

「は?」

何がありがたいのかはさっぱりだが、狂喜乱舞と言った風情でロイドが中に入っ て来た。
その後ろに、戸惑った様子でスザクが控えている。
見る限り治療はちゃんとなされているようで、ルルーシュはほっと息をついた。
立ち上がり、スザクの正面まで駆けて行く。

「スザク、大丈夫?もう痛くない?」

「…はい。自分なんかに手当てを…その、感謝します、ルルーシュ皇女殿下」

「スザク…」

他人行儀な返答にルルーシュの柳眉が曇る。
けれどぐっと唇を噛み締めて、スザクの肩を掴んだ。
悪いのは、すべてブリタニアだ。…だから。

「スザク、軍なんて辞めて。…あなたはそんなところにいちゃいけない」

ひゅっ、と息を飲む気配がした。
スザクの首が、否定を示すようにふるふると横に振られる。

「これはお願いじゃない。命令だ!」

「…い、嫌だ!」

思いがけない拒絶にルルーシュもかっとなる。
ルルーシュの傲慢な言い分に、スザクが助けを求めた視線の先はロイドだった。
つられてルルーシュもロイドを睨むと、彼はにやにやと愉しげに笑っていた。

「だぁめですよルルーシュ皇女殿下。サ・イ・ン、したでしょう?枢木スザク一等兵はもう特派のものなんで すからぁ」

盗らないでくださいねぇ、とおどけて眉を上げる。
サイン、と聞いて思いあたるのは、先日のデヴァイサー召集の件しかない。
まさかと思って驚いてスザクを振り返ると、翡翠の双眸が色濃く染まっていた。
スザクの決意の深さがそこに表れることを、ルルーシュは悲しいくらいに知って いる。

何故だろう。
何よ欲したものは目の前にあるのに。




「僕は…ランスロットのデヴァイサーになる」




掴みきれない砂粒のように、手のひらからすべてこぼれ落ちてしまう。

- fin -

2008/9/23