スターチスの髪飾り


FLOWERS

これが私の自慢の花です。
さあ、とくと御覧あそばせ。

















































掛け時計の長針がまたひとつ進む。
ルルーシュはそれを確認して深い溜息を吐いた。

「…スザク、そろそろ姉上がいらっしゃるから謁見の準備を」

「…………やだ」

治安の悪い植民地エリアには、定期的に本国からの視察が入る。
エリア11の情勢はまだまだ不安定であり、ルルーシュが副総督の地位に就いて、今日が最初の視察になる。
その視察団の代表は、第2皇女、コーネリア・リ・ブリタニアだ。
ブリタニアの戦姫じきじきの謁見は、それはもう、華々しい名誉である。
だと言うのに、スザクは朝から至極機嫌が悪い。
何故主人である自分が、といささか屈辱的に思いながらも、ルルーシュがスザクの自室まで迎えに来た時には、ベッドの上に半篭城状態であった。
口紅も塗らずとも健康的に赤くふっくらとした唇を尖らせ、主人に目もくれず頬を膨らませていた。

「いつまでそんな顔をしている気だ?不細工になっても知らないぞ」

「どーせどーせ僕は猿顔ですよー。ブリアニアの姫様じゃ目も当てられない顔ですよーだ」

「スザク…」

ブリアニア人は日本人の蔑称によく「猿」を用いるが、ルルーシュは洋猿はむしろ可愛い部類だと考えている。
くりくりとした大きな瞳と俊敏さは、確かに目の前のスザクを彷彿とさせ、心底愛らしいと昔から思っていた。
しかしそれを伝えようにも、今は火に油を注ぐようなものだ。
ルルーシュは額に手を当て、もう一度大きく溜息を吐いた。

「…大体、何がそんなにあなたの気に障ったの?」

「ぜ・ん・ぶ!!」

ベッドの上で胡坐をかいていた(ルルーシュが何度「はしたない!」と叱っても直す気配がないので、実は少し困っている) スザクは勢いよく飛び降りると、きっと眦を吊り上げた。

「そのドレス!ルルーシュの一番のお気に入りでしょう!? それにいつもはしない化粧をした!しかもグロスまで塗ってる!!うわ、ちょっと香水もつけたの!?
朝苦手なくせに、今日は僕が起こしに行く前に身支度を始めてたしっ、 昨日からすこぶる機嫌が良いよね!?コーネリア皇女殿下がいらっしゃるから!」

ずらずらと、良くまあ口が回るものだと関心する程に、スザクはここぞとばかり に文句を吐き出した。

「何より今日はルルーシュが可愛すぎっ!いつもだけど!」

「………ありがとう?」

「褒めてない!!」

やだやだやだと、スザクは駄々っ子のように地団太を踏む。
いつもの女ながらに凛と背を伸ばし、常にルルーシュに付き従う騎士の姿を知る 者には決して見せられないなと、ルルーシュは苦笑した。

「それに僕はコーネリア様のこと好きじゃない」

「…それでも私を育ててくれたのは姉上だ。それ以上はスザクでも許さない」

ぴしゃりと言い切ると、途端スザクは情けない顔になる。

「…コーネリア様は、ルルーシュを連れて行っちゃうもん。僕はもうルルーシュと離れなくないよ」

僕のこと捨てないでと、そう言ってスザクはとうとう涙を浮かべた。
ルルーシュは呆れのあまり頭痛まで催したが、スカートの端を握ってなんとかその痛みを堪えた。
わかっている。
戦時下、ルルーシュとナナリーはコーネリアが日本へ来たその日にブリタニアに帰ることを決めた。
あまりに急で、あの時のスザクの喪失感と恨みは、推して余りある。
とうとう涙の滲んだスザクの目じりを拭って、思わず笑った。

「…スザク、私が今日、姉上の視察を楽しみにしていたのはどうしてか、わかるか?」

スザクは答えたくないと主張するように頬を丸くしたまま口を噤んだ。
仕方ないと呟き、ルルーシュはスカートの影に隠していたスターチスの花を取り出した。
スターチスは、二輪。
紫色と白色が一輪ずつある。
訝るスザクを無視して、そのまま片方を彼女の髪に飾り、残りを自分の髪に差した。

嫉妬されるのは、果たしてどちらか。
どうやらスザクは自分の立場をわかってないらしい。

「…姉上にやっと、直接見せるのが嬉しかったんだよ。私の自慢の騎士を」

揃いの花を髪飾りにしようだなんて、馬鹿なことを考えるくらい。
どうしようもなく、心が逸ったのだと告げる。

みるみるうちに頬を薔薇色に染めた少女の顔の横で、軽やかにスターチスが揺れた。
ルルーシュは時計を見やるときびすを返し、謁見の間へと足を向ける。

「さあスザク、私に恥をかかせるなよ」

「イエス・ユアハイネスっ」



















凛々しく、強く、愛らしく。
可愛い可愛い私の自慢の花。
…お馬鹿なところもご愛嬌!

- fin -

2009/2/7

スターチスの花言葉:変わらない誓い