虹色モノクロオム


PHOTO CLUB

世界はこんなに美しい。
そんなことすら、君が教えてくれなければ、僕はずっと知らないままだった。

















































運動部にとって年功序列は絶対だ。
その例に漏れず、スザクは部長に押し付けられた書類を二つ返事で引き受けた。
どちらにしても練習に出られない身なので、文句を言える立場ですらなかったが。
しかし、生徒会室まで足を運んでみると、いくらノックをしても応答はない。

「すみませーん、剣道部ですがー、誰かいませんかー?」

どうしようかと首を捻ると、生徒会の扉に張り付けてあるメモが目に入った。

「"用事のある方は、写真部部室までお願いします"?」

素っ気ない文面ではあったが、それは驚くほど流麗な筆跡だった。
そしてスザクは松葉杖に体重を乗せて、軽く思案した。

「…写真部なんて、うちの学校にあったっけ?」









*









もともと文化部に縁のないスザクは、結局部室棟を虱潰しに調べるしか術はなかった。
文化部の部室棟に入ったのは初めてで、物珍しげに景色を見て回ったが、ちっとも見つからない写真部に、 次第にげんなりとした気分になり始めていた。
人気のない最上階の端に突き当たった時は、あのメモは誰かの悪戯だったのかと疑ったが、 その角部屋が写真部部室だったらしい。
周囲はほとんど未使用の部屋しかなく、何故こんなところに部室があるのかと訝しんだが、 扉には先程と同じ筆跡で『PHOTO CLUB』と記されていた。
その下には『部室責任者 ルルーシュ・ランペルージ』と書いてある。
確か、生徒会副委員長がそんな名前だった気がする。

「ごめんくださーい。部活動の予算案提出って此処で良いんですかー?」

周りに人がいないことを良いことに、スザクは大声を出した。
途端に、中からガタンと音がしたので人がいることにひとまず安堵した。
人が転んだような音だったのが若干気になるが。



「すまないが、少しそこで待っていてくれ」



中から低い声で返事があり、スザクは言われた通り外で待った。

(…なんだか、此処すごく落ち着くな)

部室棟の突き当たりは出窓になっていて、入り込む日溜まりがあたたかくてとても心地よかった。

「悪い、待たせたな」

扉が開き、少年が一人出て来た。
絹のような黒髪が日差しに反射して、眩しそうに紫色の瞳を細めていた。
横顔の美しい稜線を眺めながら、スザクはメモを書いたのは間違いなく彼だと直感で確信した。
彼はスザクを見ると驚いたように顔を上げた。
瞳にはありありと呆れの色が浮かんでいる。

「おまえ、まさか松葉杖で此処まで来たのか?」

「あ、うん。まさか最上階だと思ってなくて」

「馬鹿だな。誰かに頼めば良いだろう」

「大丈夫、僕体力はあるんだ」

実のところ、さすがに片足で四階分の階段は堪えたが、笑って答えてみせたら、彼はふと微笑した。

「入れよ。労いに、せめてお茶くらい出してやる」

笑った顔に、どきりと心臓が跳ねた。
その動悸に首を傾げながらも、スザクはルルーシュの後に従う。
招かれたのは部室で、くぐった扉の奥にもう一枚扉があるのでスザクは驚いた。
そちらは引き戸になっていて、備え付けのものには見えなかった。
中に入ると、酢のような匂いが鼻についた。

「待ってろ、今コーヒーを淹れるから」

「うん、ありがとう」

座れよ、と促された椅子に腰をおろして、スザクはキョロキョロと部屋を見る。
引き戸と同様、部屋の全体が光漏れしないように、備え付けではない改造がなされているようだった。
多分、此処は暗室というものなのだろう。
スザクには用途すらわからない機材もごろごろしている。
不意に、三つ並んだバットに浸る写真を見つけた。



「ねえ、あれ君の?見て良い?」

「え、あ…」

スザクは返事も聞かずに立ち上がり、器用に松葉杖をついてそこまで歩いた。

「う…わぁ、すごいね!」

覗き込むと、印画紙にはモノクロなのに溢れるような色彩に満ちていた。





抜けるような青空。
真白い雲。
光に向かって伸ばされる、柔らかな腕。
目を細めたくなるほど、眩しい光景だった。





胸がいっぱいになって、スザクは息をすることすら忘れた。
きらきらと、ああ、なんて美しいことか。

「……すごく、綺麗。これルルーシュが撮ったの?」

興奮を隠さず振り向くと、彼はきょとんと目を見開いていた。

「あ…あぁっ!ごめん、名前…」

呼び捨てにしていたことに気付いて慌てて謝ると、ルルーシュは柔らかく微笑んだ。
まるで氷が溶けるようだと、スザクは思った。

「いや、ルルーシュで良い」

ただ、写真を誉められるのに慣れてなくて、と彼は途端にぶっきらぼうに言ってカップを差し出す。
それを受け取って、そっと口をつけると、ルルーシュも自分のカップを手に取って呟いた。

「………名前」

「え?」

「教えろよ。おまえの名前を知らないんじゃ、フェアじゃないだろ」

一口飲んだコーヒーは、甘くて少し苦かった。
実はスザクはコーヒーが苦手だ。

「僕、枢木。枢木スザクだよ」

でもルルーシュの淹れたコーヒーは香ばしくて、びっくりするほど美味しくて。










「…あのさ、また此処にコーヒー飲みに来ても良い?」










もう一度、飲みたいなぁ、と思った時には、質問はするりと口から出ていた。



















本当は、美味しいコーヒーの秘密より、彼の瞳にうつる世界をもっと知りたいと思ったのだ。

- fin -

2008/3/23