サイレント・シグナル


PHOTO CLUB

それは、まるで光の速さでした。

















































人気のない階段に、かつんかつんと硬質な音が響く。

「…よっ、と」

松葉杖の生活にも慣れたもので、スザクはひょいひょいと階段を昇った。
目指すは文化部部室棟四階の角部屋だ。

「ルルーシュいるー?」

二重になっているドアの向こうまで届くように、大きな声で呼び掛けた。
中からどたんと大きな音がして、ルルーシュが作業中だったことを知る。
暗室の作業をしている時に声を掛けると、どうやら彼はほぼ百パーセントの確率で転ぶかどこかへぶつかるかするらしい。
そのくせ扉を開ける時には澄ました顔をして出てくるものだから、スザクはその度に笑いを堪えなければならなかった。

「ああ、またおまえか」

「うわ!ルルーシュおでこ真っ赤だよ。今日はまた、随分器用にぶつけたねー」

「…っ!う、うるさい!入らないなら締め出すぞ」

「ええ、酷いよルルーシュ!君のコーヒーが飲みたくて来たのに!」

「知るか。今度はくだれ」

「で、でも!松葉杖って結構体力使うんだよ?僕かなりヘトヘトだよ!?」

「………わかった。中入れ」

スザクは予算案の書類提出のために初めて此処を訪れてから、ほぼ毎日この部屋に来るようになって、もう一週間が経つ。
ルルーシュは決してスザクを邪険にすることはない。
ギブスで固まったスザクの足をちらりと見る度に、彼は何故か少しだけ態度が変わるのだ。
だからと言って、軽はずみに誰かに同情するような博愛主義には見える訳でもなく、スザクはいつも不思議に思っていた。

「おじゃましまーす」

初めて来た時には物置代わりになっていたスツールも、すっかりスザクの居場所になっている。
部員はほとんどルルーシュだけしか活動していない。 と言うより、ルルーシュ以外は写真部を立ち上げるため、 人数合わせで名前を借りただけらしく、実質写真部はルルーシュ一人しかいないのだと教えられた。
ルルーシュがコーヒーの準備を始める傍ら、そこに荷物を降ろしたら、スザクは水道の横に並ぶバットを真っ先にのぞき込む。
そこにはいつも、息を呑むような美しい世界が広がっていた。
今日はどんな綺麗なものを見られるのかと、それを目にするまではいつもドキドキする。


「あ、今日の写真は雨上がりだね」


水溜まりには深い青空。
滴る雫がきらりと光っている。
まだ焼き途中なのか、1枚のカビネに少しずつ色の濃さを変えてプリントされていた。
ここから、本番で焼く時間を決定するのだとルルーシュに教わった。

「僕、この色合いが好きだな。一番しっくりくる」

「どれだ?」

コーヒーの豆が芳しく香る頃、ルルーシュが手元を覗いた。
彼はふうん、と感心した声を出すと「おまえ、意外とセンス良いんだな」と褒められた。
それがおかしくて、二人でクスクスと笑った。

出来上がったコーヒーに口をつけると、やっぱり彼の淹れたコーヒーはとても美味しくて、幸せな気持ちになる。
ルルーシュは猫舌なのか、熱いうちにコーヒーを飲んでいるのを見たことがなかった。

「…変わってるよな、おまえ」

「え、僕?」

不意に掛けられた声に顔を上げると、ルルーシュはようやくカップを口に運んだ。

「写真に興味がある訳じゃないし、怪我してるくせに毎日こんなとこまで来て、ただコーヒーを飲む。おまえ、何がしたいんだ?」



















「だって、一目惚れだったんだもん」



















さらりと即答すれば、紫玉の瞳が大きく開かれる。

「え、」

「確かに興味なかったけど、一目惚れしたんだよ。君の写真に」

ゆらりと彼の瞳が揺らいだように見えたのは、コーヒーの湯気のせいだったろうか。
ふ、と苦笑して、ルルーシュは「大袈裟な奴だな」と笑った。










(ああ。そんな残念そうな顔、しないでよ)









話題を変えようと、スザクは今日彼が焼いていた写真の撮影した日や場所などを訊いた。 淀みなく応えるルルーシュに、多分お互いひどくほっとした。









(そんな顔されたら、期待、するだろう?)





























          一目惚れ、だったんだ。





























スザクは声には出さずに、もう一度だけ呟いた。

- fin -

2008/3/29

まだ、気づかないでね。