きらきらエゴイスト


PHOTO CLUB

僕に一番に教えてね、君の世界のお姫様を。

















































綺麗なものを見付けることにかけて、ルルーシュはとても長けている。
例えば、スザクならば、暗くなる前に帰ろうと思うような夕焼けのグラデーショ ンだったり、下手すれば踏み潰してしまいそうな小さな花だったり。
自分の目に写ってもするすると通り過ぎてしまうひとつひとつのものが、きっと ルルーシュの瞳にはちゃんと焼き付いているのだろう。

ルルーシュの焼いた写真を見るたびに胸が疼いくのは、期待していなかった誰か からの「おはよう」や「ありがとう」の挨拶と似ているからだ。
当たり前なのに、自分では当たり前には出来ないことを、さらりとしてしまう誰 かを見た時のように、はっとして鋭く胸が痛むけれど、不思議と泣きたくなるく らいに嬉しくなるのだ。









「…はぁ」

そうしてパラパラとアルバムを捲りながら、スザクはいつものように幸福感に包 まれていた。
こんな溜息なら、いくらこぼしてもきっと幸せが逃げることもないだろう。
今日もスザクは写真部の部室でくつろいでいた。
部活に出なければ、とも思うが、自分より実力が低かった先輩連中の妬みとも同 情ともつかない視線に晒されるのは、そろそろうんざりしていたのだ。
復帰するまでは、一応どちらでも良いと顧問に言われていたし、この際その言葉 に甘えさせて貰おうとスザクは考えていた。
折りよく、スザクが頬杖をついた机に紅茶が置かれた。

ルルーシュの淹れたコーヒーは例外的に美味しくて好きだが、ここへ来るように なってから、スザクが元来甘党であることはあっさり露見し、こうして甘いミル クティを振る舞ってくれることがままあった。
毎回毎回美味しい飲み物を供していただけるのは、一重に薬品を湯煎にかけるた めに存在する電気ポットのお陰だ。

「ありがとう、ルルーシュ」

「今日はアールグレイのミルクティだ。お茶請けは何が良い?」

「お煎餅」

「はいはい」

ちぐはぐな要求にルルーシュはいつも笑って、それでもスザクの望むものを出し てくれる。
この部屋に煎餅が常備されているのが、スザクのためだけかと思うと、それだけ で幸福で息が詰まりそうだ。
菓子屑で写真を汚すわけにはいかないので、スザクは手にしたままだったアルバ ムをしまう。
この世界すべての綺麗なものを収めたかのようなアルバムの背を、名残惜しげに 人差し指で撫でた。

「あ」

ふと、スザクはルルーシュの写真にはひとつだけ足りないものがあることに気が 付いた。

「ねえ、そういえばルルーシュって人物写真は撮らないの?」

「ん?」

お茶請けを出し、ルルーシュはバリバリと煎餅をかじっていた。
あ、ルルーシュのその容姿でお煎餅はイメージがちょっと云々、とスザクが声を 掛けるより先にゴクリとそれを紅茶で飲み下す。
…アンバランス極まりない。

「俺はポートレイトは撮らない」

やけにキッパリ言い切るルルーシュに、スザクは反射的に「どうして?」と疑問 をぶつけた。
スザクにとっては何気ない質問でしかなかったが、彼は傷口から目を逸らすよう な素振りで、じっと考え込んでしまった。
ルルーシュを困らせたい訳ではなかったので、慌てて質問を取り下げようとスザ クが口を開いた時、ルルーシュがぼそりとと言った。

「…俺の写真は、エゴだから」

「エゴ?」

きょとんと目を丸くしたスザクにルルーシュは苦笑して、「写真の真ん中に写る と、魂が抜かれるって迷信は知っているか?」と言った。

「知ってるけど、迷信だろう」

「ああ、迷信だろうな。…でも、俺にとってそれは理だ、と言えば解るか?」

「…難しいよルルーシュ」

「つまり、人を撮るのは重いんだ。その人物ごと俺が所持しているみたいで。
デジカメで記念撮影ならともかく。…フィルムに焼き付けるのは、多分、俺が欲し いと思ったものだけだからな」

ルルーシュの溜息に混ざるのは、ほんの少しの諦念。
それ以上、他人は愛せないから、と諦めを晒す。

「例外は家族だけだ」

「そっか」

「ああ」

ルルーシュの愛情の範囲を示されて、先程まで幸福で膨れていたスザクの胸はあ っという間に萎んでいく。

「…そっかぁ」

それでも、いつかルルーシュの撮ったポートレイトを見てみたい、と。
どんなに綺麗な世界でも、誰もいないのはやっぱり寂しいから。

「ね、ルルーシュ。もし人物写真を撮ったら、一番に僕に見せてよ」

「なんで」

「うーん僕のエゴかな」

はぐらかすように笑って、スザクはそっと紅茶に口を付ける。
ミルクティは冷めていたけれど、変わらず甘くて優しい味がした。

- fin -

2008/5/1

言いたい。言えない。言えるはずない。
僕を撮って、だなんて。