触れたい衝動


PHOTO CLUB

君に出会えたこと。
それだけが、唯一で絶対の怪我の功名。

















































「あー」

「なんだ」

「うー」

「だからなんなんだ」

「う゛ーう゛ーう゛ー」

「煩い」

「………体動かしたい」

「はぁ?」









怪我をしてからというもの、スザクは安静に過ごすことを義務づけられた。
体力と運動神経しか取り柄のないスザクにとって、それはもう一種の拷問でしかなかった。
何でも良いから、今はとにかくがむしゃらに運動がしたい。
動かさなければ、疚しいことばかり考えてしまいそうだ。

「…このままじゃ僕、死んじゃうよぅ」

「マグロかおまえは」

机に突っ伏してえぐえぐと泣き出すスザクを、ルルーシュは視線も向けず冷ややかに言った、のだと思う。
確証がないのは、この部屋に少しの明かりもないからだ。
今日は、写真を焼かずに現像の作業をするのだとルルーシュは言っていた。









*









スザクが此処に通い始めてから、現像作業を見るのは初めてだった。
薬品の準備をし、ピッカーという道具でカチャカチャとフィルムからネガを引き出した。
鮮やかな手並みは魔法のようでとても驚いた。
しばらくピッカーで遊んでいるとルルーシュに笑われた。
次にリールという金属が渦巻いたような輪に、慣れた仕草でフィルムを引っかけていた。
暗い場所は苦手かと訊かれ、大丈夫だと応えた瞬間に部屋が真っ暗になった。

「少しでも明かりがあるとフィルムが感光して、使えなくなるんだ」

「ふうん」

しゅるしゅると音がするのは、多分フィルムを引き出す音だろう。
それきり、ルルーシュは黙々と作業に熱中してしまう。
とろとろとした暗闇は考えていたよりずっと重量を持っていて、ルルーシュを探そうにも、その白磁の肌すら見つからない。
聴覚が鋭くなって、やけに衣擦れの音が耳につく。
話し掛けるのもはばかられるような静寂の中、ルルーシュの息遣いが暗室に響いた。
唐突に襲われる、衝動。




(あ、抱きしめたい)




      触りたい。
ルルーシュに、触れたい。

思わず立ち上がろうと足に力を込めたところで、己の過ちを知る。

「いっ…!?いったぁ!!」

ギブスがガツンと床に激突した。

「何やってるんだ」

「だ、大丈夫。ちょっとした天罰だから…」

「は?」

じんじんと痛む足を抱えながらスザクは猛省した。
動かない足に感謝したのはこれが初めてだ。

(うわ、僕、今何しようとした?)

きっと、運動をしていないせいだ。
きちんと体を動かしていれば、こんな疚しいことを考えるはずがない。
そう思うと情けなくて涙が出そうだ。
そのまま唸り続けるスザクを笑うと、ルルーシュはパチリと部屋の電気を点けた。
手には円柱型のタンクを持っている。

「…じゃあ、明日出掛けるか?」

「え?」

「撮ハイ。撮影ハイキングなんだが、スザクの都合がつくなら」

「行く!行きたい!!」

「足は?」

「全然大丈夫っ!」

思いがけない提案に、スザクは尻尾を振る犬のごとく食いつく。

「そうか」

それだけ言うと、ルルーシュはタンクに薬品を入れて撹拌を始めた。
嬉しさから顔が熱くなる。
それ誤魔化したくて、彼の真剣な横顔をじっと眺めた。

「ねえねえ、どこに行くの?」

「そうだな…少し遠出してヨコハマまではどうだ?」

「買い物?」

「いや、ノゲヤマに動物園があるんだ」

「動物園?うわー久しぶりっ!!」

「坂の上だぞ?」

ついて来れるのか、とでも言いたげに、意地悪くにやりとルルーシュが唇の両端を上げたが、スザクはちっとも構わなかった。

「任せて!僕、体力だけはあるんだから」

ルルーシュは薬品を二度換え、撹拌の動作を繰り返す。
それが終わったのか、タンクの蓋を開けて水道で水洗を始める。
その間に、ルルーシュはいつものようにコーヒーを淹れてくれた。
ちょうどドリップが終わる頃に水洗が終わって、リールからネガを取り出した。
半透明のネガには、ルルーシュの瞳にうつった風景が二十四枚収められている。
それにクリップを取り付けて、天井の梁に引っ掛けた。
丸まっていたネガが、ピンと真っ直ぐに張られる。
ネガを一つ一つ確認していく細い背中を見つめながら、浮かれていたスザクは冗談めかして訊いてみた。



















「明日ってさ、デート?」

「ばーか」



















笑うルルーシュの吐息が、かすかにネガフィルムを震わせた。

- fin -

2008/5/7