弱虫の代償


PHOTO CLUB

こんなにこんなに苦しいのに、どうして?
好きにならなければ良かったなんて、嘘でも思えない。

















































小さな嗚咽が枕に吸い込まれる。
もはやスザクには顔を上げる気力すらない。
昨日、ルルーシュとデートした。
語弊だろうと何だろうと、ルルーシュと二人で動物園に行ったのだ。
楽しかったし、たくさん笑った。
デートと呼ばずして何と呼ぶ。
それでも、スザクの泣き声が止むことはなかった。









*









待ち合わせは学園の最寄り駅の改札前。
初めて見る彼の私服は白いジャケットに白いパンツで、肩には愛用の一眼レフカ メラが掛かっていた。
普段の学生服より大人びて見えて、格好良かった。
電車に揺られている間は、緊張していつものように会話出来た自信がない。
でも心なしか、ルルーシュはいつもより笑っていた気がする。

駅から動物園までは、彼が言っていた通り結構な坂になっていて、松葉杖で登る のに体力を使った。
それでもルルーシュはスザクを置いていくことなく、ずっと隣を歩いて、「別に 動物は逃げやしないさ。おまえのペースで歩け」と彼は優しく言ってくれた。
動物園に着いてはじめに見たのは二匹のレッサーパンダで、あまりの愛らしさに 、スザクは此処までの道のりの疲れなどすっかり忘れてしまった。



「ねえルルーシュ見て見て!虎だよっ、格好良いね」

「ああ、威厳があるな」

「あ!下にフラミンゴがいるよ!すごく綺麗だっ」

「そんなにはしゃぐいで、転んでも知らないぞ」



苦笑する彼を引っ張るように、スザクは松葉杖で歩き回った。
ルルーシュは特にペンギンがお気に召したのか、プールに身を乗り出すようにし てずっとカメラを構えていた。
暗室で写真を焼く時とはまた違う、ルルーシュの真剣で生真面目な横顔は可愛く て、スザクは飽きることなく眺めていた。

お昼時になり、パンの自販機を発見したスザクが、これでお昼にしよう、と言っ たら「作ってきた」と彼はぶっきらぼうにスザクの分のお弁当を差し出してくれ た。
ルルーシュは、学園の寮ではなく近くのアパートで暮らしているから、家事はあ る程度得意なのだといつか言っていた。
それを裏付けるように、彼のお弁当は本当にとても美味しかった。

「僕このアスパラの肉巻きすごく好きだな!あ、でもこっちの里芋と海老のあん かけもすごく美味しいよ!!」

「馬鹿。慌てて食べるから…ほら、口の横についてるだろう」

「え、嘘っ」

「逆」

照れ隠しなのか、お昼を食べている間無口だったルルーシュが、その時ようやく 笑ってくれた。
それだけで、嬉しくて幸せで、スザクの胸はいっぱいになる。
うさぎの形の林檎をかじった時、優しい味がして不意にぽろぽろと涙が落ちた。

「おい、スザク?どうした?不味かったのか?」

突然泣き出したスザクに、ルルーシュはひどく慌てた。
そうじゃない、すごく美味しいよ、と言ってごしごしと目元を擦る。




(好き。好き。ルルーシュが大好き)




溢れるような涙が、想いが、止まらない。
ルルーシュと知り合って、まだひと月にも満たない。
だけど。
綺麗な写真も、美味しいコーヒーも、作業中の真剣な顔も、笑顔も、全部全部。 怖いくらいに愛しかった。

「…ごめん、目にゴミが入ったみたい。もう大丈夫だよ」

「そうか。風、少し強くなってきたからな」

いっそ、伝えてしまおうかと思う。
このまま蓋をするには、彼に向かう気持ちは大きすぎた。

「うん、あのさ、ルルーシュ」

「ん、なんだ?」

風に乱れた黒髪に、出かけた言葉が喉に引っかかる。

「…えっと」

そして、臆病な気持ちが、スザクの後ろ髪を引いた。

「ええと、…どうして今日、動物園を選んだの?」

「ああ」

ルルーシュの目が遠くを見た瞬間、訊かなければ良かったと後悔したがもう遅い。
この先は聞きたくないと、本能が警鐘を鳴らす。





























「いつか、此処に連れてきたい人がいるんだ」





























見たこともないくらい柔らかくなる葡萄色の目。
美しい世界を知るこの瞳は、自分ではない誰かを見ているのだ。
好きだなんて、言えるはずなかった。









*









その後、スザクは自分がどうやって帰ったのかよく覚えてない。
気付いた時には、夕飯も食べずにベッドに突っ伏していた。
そのまま寝入ってしまったのか、日曜日の午後まで寝ているなんてことも初めて で驚いた。

「う゛ー」

考えまいとすればするほど、優しいルルーシュの顔が焼き付いて離れない。
ぐすぐすと、また涙がこぼれた。
枕はすでにぐちゃぐちゃに濡れて不快だったけれど。









「すき、すきぃ…っ、ルルー、シュ」









言えなかった言葉を、馬鹿みたいにただ繰り返していた。

- fin -

2008/5/18