少女の肖像


PHOTO CLUB

美しければ美しいほど、それは残酷でした。

















































偶然ルルーシュと会った翌日の放課後、スザクはまた図書室を訪れた。
ルルーシュの返却しようとしていた本のタイトルが、昨日からぐるぐる頭を回っ ているのだ。
写真集の棚の中でもその本は目立っていて、大判の黒地の背表紙を見つけるのは 難しいことではなかった。

松葉杖を両脇に抱えたままそれを開くことは出来なかったので、スザクはソファ に座って写真集のページを捲った。
写真などルルーシュと出逢うまで興味なかったスザクにとって、写真の基準はす べてルルーシュだった。
この写真集はどの写真も綺麗だったけれど、構図の切り取り方や白黒の濃淡も、 全部ルルーシュの写真と比べて見てしまう。

(ルルーシュの写真、見たいな…)

ただ美しいだけじゃない、彼の写真。
何が特別なのかなんてわからないかれど、ルルーシュの写真を見ると、いつも心が震えた。
彼が触れただろう写真集の表紙をそっと撫ぜ、スザクは目を瞑る。

(会いたい)

そう思うと頭より体が動いた。
写真集を棚に戻して、図書室を出る。

(好きだって…)

今なら言える気がする。
このまま此処でくすぶっているより、会えない方がずっとずっと苦しいのだと、 やっとわかった。
嫌われても良い。
彼の暴言なら、それすらきっと美しいだろう。









*









しかし写真部部室の前に立つと、今まで奮っていた気力が途端萎える。
自分の情けなさに悲しくなりながらも、スザクは意を決して扉をノックした。

「る、ルルーシュいる…?」

コンコンと、三度目のノックにも返事はない。
訝しがってノブを捻ると簡単にドアは開いた。
きちんとドアを閉めると、次の引き戸にゆっくり手を掛ける。
中は真っ暗で、本当に誰もいないのかと思った。
だが目が暗闇に慣れるとセーフティライトの緋色の灯りに彼の白い頬が見えた。

「…ルルーシュ?」

三つ並ぶバットの手前にうつ伏せている。
プリント作業の途中で寝てしまったのか、薄い肩が微かに上下する。
そのことに少しばかり安堵しながら、スザクは松葉杖に体重を預けながら屈みこ み、その顔を覗いた。
長い睫が闇に溶けるその先に、光る雫を見つけてそっと指を伸ばす。




(涙…?)




けれど、指がルルーシュに届くことはなかった。
スザクはバットに揺れる一枚の写真に目を奪われる。
日溜まりで微笑む少女。
セーフティラストの頼りない明るさの中でも、それは今まで見た彼のどの写真よ り美しいことがわかった。
こんな愛情に溢れた写真を見るのは、初めてだ。









「あっ、」









思わず引いた足が、何かのタンクにぶつかる。
ルルーシュがわずかに体を動かした気がした。
それでもスザクは構わず、引き戸を開けて逃げるように暗室から飛び出した。
思うように走れない松葉杖が、こんなにも煩わしい。
転びそうになりながら階段を駆け降りて、中庭に降りると同時に芝生の上に座り 込む。

(嫌われた方が、マシだった)

千切れそうなほど胸が痛くて苦しくて、上手く息が出来ない。



















      俺はポートレイトは撮らない。
      俺の写真は、エゴだから。
      フィルムに焼き付けるのは、多分、俺が欲しいと思ったものだけだからな。



















いつか、毅然とそう言っていた横顔がよぎる。
彼がいつも淹れてくれたコーヒーの味を思い出して、大好きだった苦さが今はただ痛い。
知りたくなんてなかった。
彼に泣くほど好きな相手がいるなんて。
何より、ルルーシュが笑ってくれることをまっすぐに祈れない自分自身なんて、 知らずにいたかった。




太陽の白い光が刺すようにスザクの目を焼いた。
カラカラに乾いた瞳からは、涙すら出なかった。

- fin -

2008/6/4