魔法の人


PHOTO CLUB

君は僕にどんな魔法をかけたの?
君を好きになって僕は本当の空の色を知った。
世界が、馬鹿みたいに愛しくなったんだ。

















































「………ぷっ」

自分が何を言ったのか理解する前に、きょとんと紫色の瞳を丸くしているルルー シュがひどくおかしくて、思わず噴き出してしまった。

「…おまえ、人に告白したにしては随分失礼な態度だな」

「ご、ごめん…っ、だって…あはは!君、すごく間抜けな顔するんだもの」

「仕方ないだろう!」

ルルーシュは照れ隠しにしてはものすごい激しさで地面を踏む。
それが余計にスザクのツボに入った。

「ははっ、駄々っ子みたいだよルルーシュ!」

「う、うるさいな!!」

「あはははは」

松葉杖に手を掛けているせいで、無防備な腹部が笑いすぎで痛む。

「それで?」

「え?」

思えば、こんな風に笑ったのは久しぶりだと、知らぬ間に浮かんでいた目尻の涙 を拭った。

「返事、聞かないのか?」

ひたとまっすぐな眼差しに絡み取られて、スザクはたじろいだ。

「…聞かなくてもわかるから」

「何故?」

ルルーシュの眉間の皺が深く寄る。
それを見て、楽しかった気持ちが指で触れたシャボン玉のように弾けて消えた。

「ルルーシュには好きな人がいるんだろう?…だから、ごめん。困らせたよね」

怖くて視線を外すと、彼はさも不愉快そうに顔を覗き込んできた。

「おまえ、さっきから何言ってるんだ?俺には好きな奴なんていない」

「嘘だよ」

「嘘じゃない」

何故おまえはそう思うんだと、細い指を額に当てルルーシュは何事かを憂うよう に深い溜息をついた。

「…よしわかった。おまえの話聞いてやるから、話せ」

「う、うん?だって、君、動物園に連れて来たい人がいるって…」

「ああ」

しどろもどろになるスザクに、相槌ではない調子でルルーシュはそう言って、双 眸を軽く見開いた。

「ふうん、それで?」

少しだけ愉快そうな色を紫色に乗せると、ルルーシュはにやりと唇を上げて続き を促した。

「…えっと、女の子の写真、焼いてたから…昨日」

「可愛かったか?」

「…うん」

目の前のルルーシュは尚も意地悪げに笑っていた。
思い出すと、少女の愛らしい微笑が胸を刺す。
今度はルルーシュが、耐えきれないと言うように噴き出した。

「俺の妹だ」

可愛いに決まっているさと、彼はそれはそれは自慢気に嘯くと、泣き顔に似た表 情で彼は苦く笑った。

「言っただろう?俺はポートレイトは撮らない。…例外は家族だけだと」

いつか、それをエゴだと言っていた横顔が重なる。
ならば今までの自分はなんと滑稽だったのかと、スザクは羞恥で額に火がついた ように熱い。
ルルーシュは、一人後悔やら安堵やらで頭を抱えているスザクには我関せずと言 った風情で自分の鞄をガサガサと漁り始めた。

「返事の代わりに、これ見せてやる」

松葉杖で両手が自由にならないスザクのために、ルルーシュはそれを広げて見せ た。
反射で彼の手元を見れば、そこにあるのは見慣れたルルーシュのモノクロ写真だった。

「…こ、れ」

「やらないぞ?"これ"は俺のだからな」

悪戯っぽく細まる瞳に、スザクは今まで何度願ったか知れない。
もし、ルルーシュが自分に向けてシャッターを切ってくれたら、と。
だけどずっと諦めていた。
そんなこと、ある訳ないって。

信じられなくて、震える指で印画紙をなぞった。
不意に、喉が熱くなり鼻腔の奥が壊れたように痛んだ。
瞬いて、ようやく涙が零れたのだと知った。








「………僕?」








美しい世界はいつもひどく遠いものだった。
憧れるだけで、手も伸ばせず。
ただ、眺めているだけの世界はあまりに自分と不釣り合いだと、そう思っていた のに。

これはいつ撮られたのだろう。
ルルーシュが切り取った自分は、暗室前の出窓で、ただ安らか寝息をたてている。
明るくて、きらきらした、とても綺麗な写真だった。

「返事、これ以上にいるか?」

優しい響きの問い掛けに、スザクはゆるやかに首を振った。
今はどんな言葉も必要ないと思った。
恐れるものは、何もなかった。
見上げた夜空には、虹の掛かるくらい眩しい月と、手を伸ばせばしゃらしゃらと 音が聴こえそうなほど沢山の星がさんざめいていた。
こんな空、今まで知らなかった。
君が教えてくれるまで、この世界の美しさを、何一つとして。




「ルルーシュ…」

「ん?」






抱きしめるための両手がない代わりに、一歩踏み出す。
少し躊躇いながら、スザクはそっとルルーシュの頬に唇を寄せた。

















































「…ありがとう」

















































ああ、なんて美しい世界。
ああ、なんて愛おしい。

君に出逢えた世界に、ありったけの感謝を込めて。

- fin -

2008/6/25

奥華子『魔法の人』