七月十日、雨。


PHOTO CLUB

雨が降ったら、きっと思い出す。
恋を知った日のことを。


















































滅多にない彼の我儘くらい、全力で叶えてやりたい。
それはまごうことない本音だ。
しかし些細な、本当に些細なその願いを叶えてやるには、ルルーシュにとって非常に勇気がいることだった。
今ここに"結果"があるのだから、彼がそこに至る経緯を知る必要なんて本来ないのだ。

「はぁ…」

…ないのだが、これは甘えの報いなのかもしれない。
彼に向けてシャッターを切るだけで、気持ちは伝わるのだと。
言葉にすることをあえて回避してきた自分への報いだ。
そして結局、ルルーシュは彼の我儘を叶えるだろう。
否、叶えなければならない。
七月十日。
今日は、スザクの誕生日なのだから。




*




「誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう!」

ルルーシュの満面の笑顔に、スザクは心臓から溶けそうになる。
剣道部は「病院に行く」と口実を使ってサボってしまった。
ホームルームが終わるとすぐに写真部の部室に飛んで行った。

「はい、これ。プレゼント」

「わ、あ、ありがとう…!!」

ルルーシュから渡されたのは、緑青色が鮮やかなとても綺麗な雨傘だった。
スザクが普段使っている安物のビニール傘と違い、随分頑丈そうだ。
ちらりと、もうすぐ梅雨も明ける時期なのにな、と思ったが、スザクはぎゅっと傘を抱き締める。
ルルーシュが選んでくれた、それだけでどんな高価なものより価値があった。

「え、えっと、あの、ルルーシュ…?」

でもスザクは、プレゼントの他にひとつだけ"おねだり"をしていた。
曰わく『僕を好きになったキッカケ、教えて?』と。
これをお願いした時、ルルーシュは思いきり怪訝な、と言うよりあからさまに嫌そうな顔をした。
ルルーシュからの愛を疑う訳じゃない。
でも、ルルーシュはそういったことを決して言葉にはしてくれたことがなかった。
極端に言えばスザクはルルーシュに『好き』だと言われたことすら、一度もない。
ルルーシュが歯の浮くような台詞を言うのが苦手なのはわかっていたけど、年に一度きりのおねだりにしたら、可愛いものだと思う。
ありったけの期待を込めてじいっとルルーシュを見詰めると、彼は諦念たっぷりな溜息を吐き出した。

「…わかったよ。誕生日、だもんな」

「本当!?」

「ああ。だから落ち着け。とりあえず、そこ座れ。飲み物は何が良い?」

「カフェオレ!」

思わず大きな声で言うと、むっすりとしていたルルーシュが少しだけ笑った。

「コーヒーならちょうど作り置きがあるから、待ってろ」

「うん!!」

言われてスザクはスツールに座り、冷蔵庫を覗くルルーシュを至極嬉しそうに眺める。
本当は、スザクのためにあるこの余分なスツールや、彼とお揃いのカップだけで、スザクは十分大事に想われていることなんて知っていた。

(だけど、やっぱり今日だけは我儘言いたかったんだ)

えへへ、と幸せそうに笑って、スザクはルルーシュに渡されたミルクたっぷりのカフェオレを口に運んだ。




*




二人向かい合って、よく冷えたカフェオレを飲む。
ほんの少し甘いのが、スザクの味覚に絶妙に合っていた。
どきどきしながらルル−シュの言葉を待っていると、彼は唐突に話し始めた。

「…このカメラ、母さんの形見なんだ」

「うん」

テーブルの真ん中には、ルルーシュの愛機であるその件のカメラが鎮座している。

「だから、すごく大切にしているんだ。本当に」

「うん。…うん?」

古い型の一眼レフカメラは、確かにとてもルルーシュに愛されていた。
埃ひとつ見当たらないほど良く手入れされていることは、素人のスザクでもわかる。
しかし、今はそんな話題ではなかった…はずだ。

「えっと、ルルーシュ…?」

「良いから、黙って聞いてろ」

「う、うん」

つい、とルルーシュの細い指がカメラのレンズの淵を撫でる。
くるくると円を描きながら、話すことを真剣に考えているようだったので、スザクもおとなしく聞こうと姿勢を直して黙った。

「けど、このカメラ、去年壊しかけたんだ」

「どうして?」

「ここの、肩紐の金具が緩んでいて…多分古くなってたからなんだが。それで、外出先で落とした」

「直った…んだよね?」

「ああ。レンズは使い物にならなくなったけど、すぐに修理に出したから、本体は無事だ」

その時のことを思い出したのか、痛ましそうに顔を歪めるルルーシュにスザクは慌てたが、 ほらこの通り、とルルーシュは少しおどけてフィルムを巻いてみせた。

「でも、もう直らないんじゃないかって、正直思った。雨が降ってたんだ、その時。 俺は傘も持ってなくて、それ以上カメラを濡らす訳のもいかないから、雨宿りしたけど、ああ、もう駄目だなって。 母さんの大切にしてたカメラなのに、悔しくて悲しくて仕方なかった。だけど…」

だけど、と言ったままルルーシュは俯いて黙りこくってしまった。
顔を覗き込むと、ほのかに耳が赤い。
どうしたの?と訊こうとする前に、ルルーシュが意を決したように顔を上げた。

「だけどっ、…か、傘を貸してくれたんだ」

「………誰が?」

「おまえだこの馬鹿!!」

どん、とルルーシュが拳で円卓を叩く。
しかし解せないのが彼の言葉で、スザクにはとんと記憶になかった。
きょとんとしていると、ルルーシュがさらに早口で捲くし立てた。
頬にまで朱がのぼってきたのか、ルルーシュの顔はもう真っ赤だった。

「去年の冬だ!休日で、お互い制服を着てないから俺だって最近まで同じ学園の奴だなんて知らなかったさ! でもあれは間違いなくスザクだった。自分だって傘一本しかないくせに俺に傘渡して、濡れて帰っただろう!そんなお人好しが他のどこにいる!?」

「…あ!もしかして、新宿のカメラ屋の前で泣いてた…」

「俺は断じて泣いてない!!!!」

そこは富士山より高い彼のプライドが許さないのか、即否定された。
興奮したのか、顔がゆでだこみたいな上に目まで潤んでいるし、肩で息をしていた。
だんだんと、スザクも埃を被った記憶を手繰ることが出来た。
確かスザクはあの日、剣道部が前日の試合で団体戦に負け、珍しく休日が休みだったはずだ。

団体戦のメンバーに選ばれそれなりの活躍をしたものの、下級生の活躍を面白く思っていなかった上級生連中に散々厭味を言われた。
結果試合も負け、日曜日に憂さ晴らしに遠出して、ままならない心だけ引っさげて特に宛てもなく街をぶらぶらしていた。
そしたら突然雨は降ってくるし、もともと悪かった気分をさらに下降させた。
その時、小さなカメラ屋の前で雨宿りしている人影を見つけた。
凍えるくらい冷たい冬の雨の中で、その人はすごく悲しそうな顔をしていた。
自分の身勝手なイライラがどうでも良くなるくらい、その横顔が切なくて、胸が痛くなった。
せめて、その肩が濡れなければ良いと、買ったばたりのビニール傘を押し付けた。
あれは、エゴだった。
逃げるように走って、けれど雨が上がる頃には、不思議とイライラは消えていた。

「…あれ、ルルーシュだったの?」

「そうだ」

怒ったような顔をして、視線を逸らす。
それでも赤く染まったあまの頬は隠しきれてなくて、スザクの頬まで熱くなる。

「う、嬉しかったんだ!あの時は結局礼も言えず仕舞いだったが…。だから、部室におまえが来て、すごく驚いた…それで」

ごくん、と息を呑んだのはどちらだったのか。
ああ、駄目だ、とスザクは思った。
これ以上聞いたら心臓、確実に壊れる。

「好きだよ。ずっと好きだったんだよ、俺はっ」

抱き締めたままだった傘を放り出す。
これは、きっと、あの時ルルーシュが返しそびれた僕の傘の代わり。
言い終わる前に、ルルーシュをぎゅっと腕に閉じ込めた。
絶対、今自分はルルーシュより真っ赤だ。
しかも泣きそうだ。
好きな人にこんな情けない顔、とても見せられない。




「大好き!大好きルルーシュ!!あいしてるっ!」

「………だ、だから、言いたくなかったんだ…!」




死ぬほど恥かしいとルルーシュは呟いて、スザクの腕の中で身じろぎをした。
でも、ありがとう、と消え入りそうな声も、きつくきつくその痩躯を抱いていたスザクは、一言も漏らさず聞いていた。
これ以上ないくらい、最高の誕生日プレゼントだった。




*




結局、スザクはルルーシュが耐え切れず耳を塞ぐまで愛を叫んだ。
十回に一回くらい返事があれば、なんだかそれでもう死ぬほど満足で。
二人して真っ赤になって、息が切れるくらいになった頃、一緒に部室を出た。
ルルーシュに夕食をご馳走になる約束をしていたから。
そして、校舎の外はきっと今年の梅雨最後になるだろう雨が豪快に降っていた。
朝は晴れていたから、もちろんルルーシュは傘なんて持ってない。
あるのは、たった今プレゼントされたスザクの傘だけだ。
逃げようとするルルーシュを無理やり捕まえて、二人で一つの傘に入った。

「もし君がまた雨の中で泣いたら、今度は僕がちゃんと迎えに行くからね!」

「だから俺は泣いてない!!」

明日はきっと晴天だ。

- fin -

2008.7.10

Happy Happy Birthday!
Dear Suzaku.