PHOTO CLUB
初夏の日曜日の午前、俺にとって緊張と期待とか入り乱れる瞬間に、わずかに息
を飲んだ。
反して、吹き抜ける風は季節に相応しく、これ以上なく清々しい。
にこりとスザクが微笑んで、ナナリーの目の前に膝をつく。
それだけで、重く感じていた風が羽根のように軽やかに脇を通り抜けた。
「はじめましてナナリー。枢木スザクです」
「はじめまして、スザクさん」
二人の邂逅がつつがなく済んだことに、俺はほっと胸を撫で下ろした。
ナナリーがスザクを気に入らないはずがないと、スザクがナナリーを好ましく思
わないはずがないと、わかっていたのに、この不安はなんだったのだろう。
大切な存在が増えるということは、こんなにも難儀なことだっただろうか。
「…あのスザクさん、失礼じゃなければ握手していただけますか?」
目の不自由なナナリーにとって、相手を測る道具は聴覚と触覚しかなく、遠慮が
ちにその白魚のような手を差し出した。
許可を求めるようにこちらを窺うスザクに、ひとつ頷いて促してやった。
「勿論だよナナリー」
そっとナナリーに触れた指は、いつも俺に触れる時のようにきっと優しいだろう
。
「スザクさんの手は、大きくて、しっかりした手なんですね。…剣道か何かやっ
てらっしゃいますか?」
「すごい!そうだよ、僕剣道部なんだ。握手しただけでわかったのかい?」
「はい。なんとなく、ですけど」
「ナナリーはまるでホームズだね。名探偵だ!」
「まあ、そうですか?…あ、もう一つわかったことがあるのですけど、お耳を貸
していただけますか?」
「うん?」
楽しそうな二人に安心しきったところで、俺は最終チェックを始める。
今日は天気が良いから、水分補給のための水筒。
手製の三人分の弁当は悪くなら
ないように保冷剤も入れた。
ナナリーのスカートが汚れてしまわないようにレジ
ャーシートも持った。
カメラもいつもの愛機と、単焦点レンズと予備に広角レン
ズを一つ。
軽量の三脚もナナリーの車椅子に積んであるし、フィルムも多すぎる
ほど持っている。
今日は大切な二人をたくさん撮ろうと決めていた。
それは、どんな美しい花や、晴れ渡る青空より、自分にとってかけがえのないものだ。
カメラを肩から斜めに掛けたところで、先程ナナリーに何か耳打ちされていたス
ザクが真っ赤になっているのに気がついた。
ナナリーはその様子がおかしいのか、鈴を鳴らしたようにころころと笑っていた
。
「随分早く打ち解けたんだな。何を話していたんだい?」
言いながら、今日のために新調したレース飾りが可愛いナナリーの帽子をそっと
直す。
二人は顔を見合わせ、ナナリーが一人いたずらが見つかった子供のようにくすく
すと笑った。
「る、ルルーシュには内緒だよっ!」
「はい、お兄様には内緒です」
人差し指をくちもとに立てるナナリーの仕草は大変愛らしいし、二人が仲良くな
るのは非常に嬉しいが、いきなりの仲間外れに面食らう。
「はは、本当に、随分仲良くなったんだな」
俺は思わず声に出して笑ってしまった。
「まあ良いよ。でも次からは俺も仲間に入れてくれると嬉しいな。…それじゃあ
、そろそろ行こうか」
「はいっ」
今日は最寄り駅から電車で三十分ほど行ったところにある、ハーブ園に行く予定
だ。
学園から見ればうちは駅とは逆方面に位置する。
つまり学園の寮住まいであるスザクにとって、うちに寄るのは大きな遠回りにな
る訳だ。
一度は迎えを断ったものの、頑として譲らないスザクに、結局甘える形になって
しまった。
「…その、悪かったなスザク。わざわざ迎えに来て貰って」
「ううん、荷物だって色々あるだろうし、それに」
「ん?」
「ナナリーと、それから君に。一秒でも早く会いたかったから」
屈託のない笑顔が眩しくて、雲一つない青空を仰いで眩暈をこらえた。
今日はどうやら暑くなりそうだ。
本日、晴天なり。
- fin -
2008/7/19