Sound of happiness


PHOTO CLUB

ああ、終わってしまう。
なんて楽しい一日だったろう。
こんなに疲れるまで笑ったのはいつ以来なのかもわからないくらい、たくさんた くさん笑った。

「ナナリー、はいこれ。ハーブティーの試飲なんだって」

そっと手渡されたのは、ひんやりとした紙コップだった。

「ありがとうございます、スザクさん」

遊び疲れた体に、冷たい ハーブティーはとても気持ち良かった。
隣でもごくごくと、同じようにハーブティーを嚥下する音が聞こえた。

「ルルーシュはハーブの苗木を買いたいって言って、今向こうで選んでるところ 。ナナリーは僕とここで留守番してて、だって」

「はい」

きっと料理が得意なお兄様は、台所で使えるハーブを選んでいるに違いない。

「疲れた?ナナリー」

「はい、たくさん遊びましたから。でも本当に楽しかったです」

「僕もこんな遊んだの久し振り。また、三人で遊びに行こうね」

「はいっ」

スザクさんはとても優しい人。
私を抱き上げてくれた力強い腕。
素直な笑い声も、話をする時の穏やかさも、拗ねた時の可愛らしさも、すぐ好き になった。

何よりお兄様をとても大切に思っている人だった。
そして、お兄様にとっても大切な人。
いつだって私だけのお兄様だったけれど。

ああ、もう。
ああ、終わってしまう。
いつかこんな日が来ることも知っていたけれど。
もう、お兄様のカメラが向けられるのは私だけではないのだと。
それが何よりの終焉の合図だった。

「ねえスザクさん」

「なあに?」

それでも私はこの日が来ることを祈って、いた。

「お兄様が写真を撮る理由、ご存知ですか?」

「ルルーシュが?」

「はい」

     ずっとずっと、私のためだったんですよ。
私の目がいつか見えるようになった時、世界の美しいものを私に残してくれたん です。
大切な秘密を打ち明けるように、私はそっと囁いた。
スザクさんも、神妙に聞いてくれる。

「優しいね、ルルーシュは」

「はい、だけどお兄様はもう、自分のためだけに写真を撮っても良い頃合いだと思うんです」

「え、」

だから、私は今日限りで甘えていた手を離します。
口にしなかった決意の代わりに、ふわりと風が吹いて髪が流れた。

「悪い、待たせたな」

乱れた髪を手櫛ですいていると、買い物が終わったらしいお兄様の声がして、二 人に向けられた声が優しいから、ほんの少しだけ、切なかった。

「おかえりルルーシュ。何買ったの?」

「バジルとローマンカモマイルと…あとオレガノ。育ったら料理に使うから、そ の時は夕飯食べに来いよ」

「いいの?」

「ばか、誘ってるんだ。…よし、じゃあそろそろ帰ろうか」

楽しそうな会話が耳にくすぐったい。
しあわせな二人の会話は、私にまでしあわせをくれる。

(ああ、だけどせめて…)

最後の我儘を言っても構わないだろうか。

「お兄様、帰る前にもう一枚写真を撮っていただけますか?」

「ああ、良いよ。まだフィルムが余っているし。そしたら、スザクと並んで…」

「えっと、そうじゃなくて、三人で撮りたいんです」

私のための、何百、何千の写真たち。
私はもう十分です、愛しいお兄様。
今度は、お兄様のために、抱えきれないほどの愛を、どうか。

「そうだよ!ルルーシュは今日撮ってばかりで一枚も写ってないじゃないか。そ のカメラ、セルフタイマーとかないの?」

「いや、あるにはあるが…」

「じゃあ撮ろう!ほら、三脚もあるし!」

写真に撮られることに不慣れなお兄様が、戸惑った声をあげた。
それをスザクさんがやや強力に三脚を立てさせ、カメラを取り付けさせたようだ った。

「…これで良かったかな?」

お兄様がピントを調整している間に、スザクさんは私の耳元でこっそりと訊ねた 。
おどおどした様子がおかしくて、私は思わず破顔した。

「ほら、ルルーシュ早く早く」

「大丈夫だよ、タイマーかけたから」

そう言いながらお兄様は私たちのもとに駆け寄って来る。

「あと何秒?」

「十秒くらいだな」

言いながら、お兄様はスザクさんと反対側の、私の隣に並んだ。
私は両の手を慎ましくスカートの上に揃えて、その瞬間を待つ。
これで、私の我儘が終わる。

凛とした気持ちで、しっかりと顎を上げて微笑んだ。
ふと、私を挟んだ二人のアイコンタクトの気配がした。
何かしらとおもって顔をあげた途端、両の手があたたかく包まれた。

「失礼、ナナリー」

「お手を拝借」

「え…きゃっ」

不意に掴まれた私の手のひらが、肩の高さほどに持ち上げられた。
くすくすと二人の笑い声が、すぐ傍で聞こえる。

「ほら笑って、ナナリー!」

「さん、にい、いち…」

私は二人に繋がれた手を強く握り返して、花のように笑った。
お兄様の楽しげなカウントダウンに合わせて、シャッターが切られる。









ねえ、しあわせの音が聞こえますか?

- fin -

2008/7/21

わたしが笑ったから、あなたも笑っている。