運 命 論
私はとても強いのです。
どうしようもないほど。
私はとても弱いのです。
どうしようもないけど。
(ルルーシュは綺麗)
(初めて触れた細い指が綺麗)
(黙っているその横顔が綺麗)
(怒ったときの熾烈さが綺麗)
(僕には見せてくれないけど、笑った顔はきっともっと綺麗)
覚悟は、していたはずだった。
だけどいくら心が無防備ではないと言っても、悪意からは逃げられない。
曝されて、傷つけられて、抉られる。
鍵の壊されたロッカーを見て、スザクはうんざりと溜息をついた。
今朝机の中に忍ばされていた中傷文を思い起こせば、ロッカーがどうなっているかは大体想像もつく。
早いところ自宅に持ち帰るべきなのはわかっていたが、今日は転校の事務手続きやら以前の学校での勉強の進み
具合の確認やらで、もう生徒はほとんど残っていない時間になってしまった。
まだ数日しか通っていない馴染みのない学校では、置いておくものなんてせいぜい体操服くらいしかない。
「…破かれてなきゃ、まあいっか」
この転校自体が、そもそも自業自得なのだ。
退学ではなく転校という措置があっただけ、ありがたい話だった。
政界で影響力を持つ父の力ですら、それが限界だったのだから。
*
切欠は本当にありふれたことで、クラスの女子が一部の男子にイジメにあったことだった。
スザクは当事者の誰とも関係はなく、大多数の「見ない振り」のグループに属していた。
現状に腹は立った。
けれどそれは加害者に対しだけではなく、被害者の無力さにも。
とにかくすべてのことが苛立たしかった。
その学校は特別区の学校で、全員が日本人だった。
それ以外の学校へ通おうと思えば、ブリタニア人との共学になり、そこでは「イレブン」と呼ばれ差別されるこ
とは当然だった。
その小さな輪しか持てない、さらに学生という守られた箱庭においてですら、迫害があったのだ。
(同志なのに。クラスメイトなのに。どうして。どうして。どうして)
疑問と憤りで、スザクは静かに緩やかに、自分でも気付かないほどの怒りを募らせていた。
加害者の男子が、女子に対して暴力の影をちらつかせた時、スザクの沸点を何かが振り切った。
春が終わり、若い銀杏の樹が青く輝くような美しい日だった。
昼休み、教室にいた生徒が怒鳴り声や漏れる嗚咽に怯え戸惑う中、スザクは落ち着いた仕草で席を立ち、男子の
襟につかみかかった。
言い訳も釈明もなく、ただ三人の男子が立ち上がらなくなるまで殴り続けた。
武道の心得もないたった三人を相手にするなど、本当に容易いことだった。
いつの間にか教室は嘘のように静まり、当事者の少女すら泣き止んでいた。
かわりに、黙ったままのスザクを見て引きつったように息をのんでガタガタと震えていた。
スザクとしては、この少女も嫌いだったので、特別思うところはない。
ただ、血が飛んだリボンがもとから赤くて良かったな、と、それだけ考えていた。
そこからは子供の領分ではなく、学校と親の話し合いによって処分が決まった。
表面化していなかったイジメより、白昼の暴力行為の方が問題だったようで、すべてが有耶無耶なままスザクだ
けが処分を受けたようだった。
「アッシュフォード学園に転校しろ」と、そう父は言った。
どちらにしても家からは出されると思っていた。
自宅謹慎中にすべて荷物はまとめてあったので、従順に頷
いた。
とても昔のことのように思える、ごく最近の出来事だ。
*
「…セーフ、かな?うん。落書きなら洗えばなんとかなるでしょ」
ロッカーにあった体操服は、予想より軽い被害で済んでいた。
低俗なスラングにまみれたそれを見て、けれど満足したように微笑む。
念の為にハーフパンツと運動靴も取り出して、持ち帰ることにした。
忘れさえしなければ、当日持ってくる方がマシだろう。
(こんなことじゃ、僕の心を折ることは出来ないよ)
そのことだけは変に自信があって、強気な笑みを唇に刷いてロッカーの扉を強かに閉めた。
ただここ数日の様子から、学生寮に入らなかったことは本当にベターな選択だったと実感する。
ここの寮は基本的に二人部屋だと聞いていたから、自分と同室になる相手がこんなくだらないことに巻き込まれ
なくて済む。
アッシュフォードは以前の学校と違い、日本人はほとんどいない。
差別があることは、はじめからわかっていた。
(だから、こんな『イタズラ』じゃ、僕は傷ついたりしない)
随分重くなった手荷物を抱えなおして、更衣室を出た。
その時、廊下の窓から眺める中庭に見知った影を見つけた。
ぱっと心に灯がともる。
(ルルーシュ、)
理由なんてなく、一目で好きになった人。
彼が存在しているだけで、何にも負けないような気がした。
ピンときてしまったものは仕方ないのだと思う。
恋を、してしまったんだ。
(ルルーシュが好き)
(初めて触れた細い指が好き)
(黙っているその横顔が好き)
(怒ったときの熾烈さが好き)
(僕には見せてくれないけど、笑った顔はきっともっと好き)
彼にだけは惨めなところは見られたくない。
だから今も胸を張っていられる。
出逢えたことが運命なんだって、本気で信じてる。
ルルーシュはスザクを、ひいては女性全般を嫌っているようで、それは逆に良かった。
興味がないなら、多分教室で起こるささやかな迫害など、視界の端にも触れないだろうから。
(それでいいの)
(たとえ僕を見てくれなくっても)
(好きになってくれなくても)
(僕にとって、強さの証であって)
中庭に向かう階段を下りながら、スザクは緩やかなメロディーを口ずさんだ。
ただ「ら、ら、ら」と。
日本語でも、プリタニアの言葉でもない、どの言語にも属さない、どこまでも自由な旋律。
ハミングに合わせて、軽やかに階段を降りる。
向かうのは、好きになったその人のところへ。
とん、と最後の段を跳ねるように飛ばした。
「ら、ら、ら」
- fin -
2009/11/14