きみはしらない


運 命 論
※シュナイゼル×ルルーシュの描写が若干ありますので、苦手な方はご注意ください。

一生のうちに自分が知る事象がほんの一粒の砂に過ぎないとして。
果たしてその一粒に、大切な何かをどれだけ内包できるだろうか。

















































兄とは何度もセックスをした。
数えるのも億劫になるほど、若い身体に悦楽を刻みつけられた。
けれど、キスだけはしたことがなかった。
小説や映画で見る限り、セックスにはキスも含まれるものだと考えていたが、シュナイゼルは額や頬、それから 臍や恥部などにはくちづけたが、決して唇は交わさなかった。

別にキスをしてほしかった訳ではない。
ただ、疑問に思っただけ。
まだセックスを知らぬ友人が多かった時分に、ルルーシュはシュナイゼルに抱かれたベッドで、それを口にした ことがある。
兄は、抱きしめる腕の力を緩めて、ただ薄く微笑んだだけだった。

「君は、まだ知らないからね」

「何をです?」

「恋について」

「………」

「キスは、恋人同士がするものだよ」

「セックスするのは恋人同士ではないのですか」

「さあ、どうだろうね。…うん、ではルルーシュは私を愛しているのかい?」

「いいえ。でも貴方は俺を愛しているでしょう?」

「ああ、そうだね。その傲慢なところもすべて愛しているよ。でも、キスは君には早い」

「俺はもう子供じゃありません」

「いいや、私から見たらまだまだ子供だよ。君は恋をも知らないのだからね」

「…そう、でしょうか」

「キスは、おまえが恋を知る時まで取っておきなさい。ああ、その時はもちろん相手が私であっても構わないよ ?」

冗談めかした睦言は閨の暗がりに溶けて消えたけれど、ルルーシュは何故だかその言葉が忘れられないでいた。
それから関係を結んだ男性は何人もいたが、キスだけは拒んだ。
なんとなく、そんな気分だったのだろう。
そっと薄い唇を撫でる。
無垢ではなくなったそれは、自分には何も教えてはくれなかったけれど。





























「…ランペルージ、集中していないなら退室しても宜しい」

深く思考の果てに沈んでいると、静かに数学教師が宣告した。
ただし単位は諦めろと、目は笑ってはいなかったが。
放課後の教室では、嫌と言うほどに人の声が響く。

「すみません先生、続けて下さい」

わずかに姿勢を正して微笑むと、教師は呆れたように肩を竦めて黒板に向き直った。
黒板を打つチョークの音が高く鳴る。
たった二人のために補習を行う彼のことを考えると、憤りはもっともだ。
さすがに良心も疼き、白紙に近かったノートに数式を書き入れた。
くすくすと、斜め後ろで押し殺した声を聞く。

(…ああ、そうか)

気付いたらペンを握る指に力が入っていた。
兄との会話を思い出したのは、彼女がいたからだったのだろうと納得がいく。
ほんの数日前、ルルーシュは彼女に初めてのくちづけを奪われたばかりだ。

「枢木、おまえも静かに」

「はぁい」

それにしても転校早々補習だなんて、どんな頭をしているのか甚だ疑問だった(俺は頭の出来云々ではなく、た だ出席日数が不足しているだけだ)
補習が終わり教師の去った教室で、逃げるように帰り支度をしていたルルーシュを逃がさじと、スザクは「一緒 に帰ろう」と声をかけてきた。

「…枢木、いい加減つきまとうのはやめてくれないか」

「枢木じゃなくてスザクって呼んでってば。あと僕はルルーシュが好きなだけなんだからさ、人をストーカーみたい に言わないでよ」

「なら言うが、俺はストレートじゃない。女は対象外だ」

「大丈夫!僕もバイだから気にしないよ!それにルルーシュって、男っていうより性別がルルーシュって感じだ しっ」

「だから…」

のらりくらりと受け答えするスザクに肩を落としながら、ルルーシュはあることに気が付く。
この数日は彼女の存在自体忘れようと躍起になっていたから思い至らなかった。
こうしてスザクがルルーシュに声をかけるのは、放課後が多い。
人目のある場所では会話をした記憶がない。

「…なあ」

「ん?」

「なんでおまえ、放課後にしか声をかけてこないんだ?」

二人きりの時には人の都合を何も考慮しない彼女にしては不自然に思えた。
ただそれだけの、ほんの些細な疑問だった。
だがスザクはエメラルドグリーンの瞳を軽く見開くと、曖昧な笑みをその唇に浮かべた。
陽炎のように不確かで儚くて、どこかデジャブを感じる微笑みだった。

















































「ルルーシュは、知らなくて良いことだよ」

















































(ああ、そうか)

その表情に、不思議と合点がいく。
それはいつだかの、兄の微笑に酷似しているのだ。

「やっぱり今日は先に帰るね。ばいばい、ルルーシュ!」

唐突にそれだけ告げると、スザクは丈の短いスカートを翻して教室を出て行った。
ルルーシュは彼女を引き止めることもなく、視線を黒板に向けた。
そこにはまだ数学教師の記した数式が残っている。
明快な解答を諳んじられるそれを眺めながら、その理路整然とした思考を遮断するように目を閉じた。
自分の知らないことがあとどれほどあるのかと、そんな途方もないことを考えながら。

- fin -

2009/12/15