僕らのプロミス


VOLLEYBALL CLUB

嘘をついたらここから突き落としてやるから、覚悟しておけ。

















































この屋上は、以前転落事故があったとかで生徒は立ち入り禁止になっている。
勿論、そんなこと俺には関係ない。
慣れた手付きでキーを操作すると、扉は造作もなく開いた。
都合が良いと言えばそれまでだが、厳重なロックが聞いて呆れる。

「良い天気、だな」

時刻は正午を半分過ぎたあたり。
短い影を横切るように、青い風が吹いた。
この土地には五月晴れという言葉があるそうだが、まさにこんな気候を指すのだ ろう。

俺は馴染みになった日陰に座り、弁当を取り出した。
今日気になるのは、初の試みとしてフライパンで焼いた和風ローストビーフだが 、外側の香ばしい焼け跡から血の滴る紅色までのグラデーションは朝と変わらず 素晴らしい。
ゆっくりと咀嚼して、これは上出来だと一人満足する。
しかし悲しいかな、いかにうまく醤油が沁みていても、これ以上俺の食指が動く ことはなかった。
溜息を吐いて、投げ槍にポケットに手を突っ込んで目当てのものを探る。

「あ!見つけたルルーシュ!!」

しかし能天気な声のせいで、握りかけたそれの角が、柔い手のひらにちくりと刺 さった。
声のした方向を向けば、クラスメイト兼同じバレー部のスザクがこちらに駆け寄 ってくるところだった。

「…鍵はかけ直したはずだが?」

「僕は下の窓から、ちょっとロッククライミングしただけだよ」

ルルーシュみたいにハッキングのスキルなんてないからねと揶揄すると、スザク は断りもなしに俺の隣に腰掛けた。
しかし階下から壁をよじ登るとはどういうことだ。
万が一怪我でもしたらどうするというのか。
枢木スザクは、我がバレー部にとって所謂期待の星だ。
それも、この俺が声をかけるくらいの巨星だった。
したがって、こんなところで怪我をされてはたまらない。

「で、わざわざロッククライミングしてまで、おまえは何をしに来たんだ?」

「だからルルーシュを探しに来たんだよ?せっかく同じクラスなのに、君ってば お昼になるとどこかに消えちゃうんだもの」

「俺は一人で食事をとるのが好きなんだ」

「そっか!じゃあ僕のことは気にしないで、ごはんの続き食べてよ!」

言葉の隅から隅まで棘を含ませて発音したはずなのに、スザクは気にした様子も なく頬を紅潮させたまま、へらへらと笑っていた。
まあ入部させるために色目を使ったのは自分なので(一応、自覚はある)責任は持 つとしても、正直彼の素直すぎる好意には少々辟易していた。

「スザク…前々から言おうと思っていたんだが、授業中や練習中に余所見をする のはやめろ」

「余所見なんてしてないよ。君を見てるだけ」

「それが余所見だと言ってるんだ」

「そんな…僕はただルルーシュのことが好きなだけなのに」

きゅうん、と子犬が鳴くような仕草でスザクが俯く。
犬にはとりあえず餌付けだろうと、閉めた弁当箱を再び開ける。
半分以上残っているそれは、このままならどうせゴミ箱行きだ。

「ほら、肉やるからそんな顔をするな」

「わっ、美味しそう!」

未来のエースアタッカーは、その運動量に見合うだけの食欲を持ち合わせている らしく、気持ち良いくらい見事に与えた"餌"を完食した。

「えっと、すごく美味しかったけど、これってルルーシュの分のお弁当だったん じゃ…」

「気にするな。もう食べ終わってた」

「ええっ!?ルルーシュほとんど食べてないじゃないか!」

確かに弁当箱は平均より小さいかもしれないし、自分が少食なのも自覚している が、ここまで驚かれるのは心外だ。

「ルルーシュ、いくらマネージャーでもそれなりに動くんだから、もう少しは食 べないと…。腕だってほら、こんなに細い」

「あ、」

スザクに悪気はなかったのだろう。
けれど手首を掴まれた弾みで、握っていたものが手からこぼれてしまった。
瞬間、かっと頭に血がのぼる。
軽い音を立て小さなアルミシートがコンクリートに落ちるのと、俺がスザクの手 を払いのけたのはほぼ同時だった。
見られたくなかった、スザクだけには。
同情も憐憫も、何一つ欲しくなどないのに。

「…ルルーシュ、あの…」

ごめん、と言われると、余計に苛立ちが募った。
落ちてしまったシートを拾い上げ、中の錠剤を取り出す。
白が二種類と薄黄色を一つ。
見せつけるように飲み込んでやった。

「これで俺がマネージャーをやってる理由、わかったか?」

中等部からの持ち上がり組は全員知っている。
知らなかったのは、部内では恐らくスザクだけだ。

「季節が変われば必ず風邪を引く。少し動けば貧血で倒れる。毎日栄養剤をとらな きゃ、普通に生活することすら出来ない。要するに生まれついての虚弱体質だ。 …どんなにバレーがやりたくても、俺じゃ無理なんだよ」

白球の美しさを、誰より知っていると自負出来る。
一瞬の静寂を。
撓むネットを。
ボールを弾く音を。
どれほど愛しく思っても、この身体じゃ触れることも叶わない。
天賦の才に恵まれたスザクとは、違う。
強く握った拳が、白くなって少しだけ震えた。

「ねえ、ルルーシュはさ」

これだけきつく当たれば立ち退くだろうと思っていたスザクは、予想に反してま だここにいた。
それも、馬鹿みたいに、笑って。

「バレーボールをしてたら、何がしたかった?」

深く濃い常盤の瞳に足を取られるように、落ちた。
多分、最後に見せたとろけるような笑顔のせいだ。
鮮やかなオレンジコートと画面越しに聴いていた喧騒を思い浮かべる。
答えは一つしかなかった。

「…春、高」

「行きたかった?」

俺はただ静かに首肯した。
俯いた視線の先には、投げ捨てた錠剤のシートが転がっている。

「僕が叶えてあげる」

スザクの長い両の手が広げられた。
脳裏に描いたオレンジコートと、目の前の青空がチカチカとハレーションを起こ す。
その代わりにね、とスザクは満面の笑みを晒して言った。





「君が欲しいんだ、ルルーシュ」

     全部くれたら、春高で優勝してくるよ。





なんて取引条件だ、と苦笑しながらも、俺は良いだろうと頷いた。
欲しいなら、いくらでもくれてやろうじゃないか。

- fin -

2008/9/14

「…優勝しなかったら即別れてやる」
「ええ!?」