プワソン・ダヴリル


VOLLEYBALL CLUB

泳げ泳げ、四月の魚たち。
決して後悔をしないように。

















































白木蓮の花が咲いた。
薄水色の空に、それが満開になってから初めて知る。
冬も終わりなのだと思っていたら、風が吹いて梢が揺れた。
隣を歩くスザクが、散った木蓮が地面に落ちる前に受け止める。
白球を追う完璧なレシーブのようで、ルルーシュはその姿にしばし見惚れた。
そんなことに構いもしないスザクは、嬉しそうに両の手をルルーシュに差し出した。
厚く、清楚な白い花弁をそっと手のひらに包んで。
魚が空を泳いでるみたいだったね、とスザクは無邪気に笑った。

(優しい、まっすぐなスザク)

それだけではもうダメだと、ルルーシュは言わなければならない。
その覚悟をそっと秘める。
無邪気な言葉に頷きながら、ルルーシュの胸が少し痛んだ。



















*



















「嘘をついてみろ」

「え?」

「もっともらしく、俺を騙してみろ」

「え、ちょっと、ルルーシュ、何?どういうこと?」

「おまえは素直すぎる」

春休みの練習後。
二人きりでミーティングをするからと、ルルーシュはスザクを呼び出した。
スザクが不思議そうに首を傾げると、ルルーシュは愁眉を顰めて、細い溜息をついた。
きっかけは、先日の木蓮の花だ。
冬の終わり。
スザクの純真さ。
落ちれば汚れていくだけの花弁。
長らくルルーシュが憂いていた不安を示唆していた。
重々しく、再び口を開く。

「性格としては美点かもしれない。だがスザク、俺が他人により求めるものはなんだかわかるか?」

「プレーヤーとしての資質」

「…まあ、間違ってはいない。おまえはジノからは一年間エースの座を守った。それはスザクの実力だ。…だが、四月にはロロが入学する。このままだと、おまえはこのチームのエースではいられない」

ロロ・ランペルージ。
中学三年生の、ルルーシュの弟。
アッシュフォード学園中等部バレーボール部のセッターであり、引退までキャプテンも務めた。
中学最後の試合で見た、弟の立派な姿に感銘を受けた。
けれど同時に不安を覚えた。
それをスザクにも告げられずにいたが、もうそのままには出来ない季節になってしまっていた。

「ロロの試合は見せただろう?どう思った」

「…ルルーシュが試合に出てたら、こういうプレイをしたんだろうなって思ったよ。冷静で正確で少しだけ意地が悪くて。でも、彼はどこか必死ではないよね。バレーボールがあまり好きではないルルーシュ、って感じた」

「ああ。ロロは俺に褒められるためだけにバレーボールを始めたようなものだ。それはそれで可愛いんだが。いや本当にロロは可愛いんだが!しかし技術がいくら向上しても、その根本が変わらない。まあそれはスザクも似たようなものだけどな」

「う゛…。ロロは高等部でも入部はするんだろう?僕がエースでいられないって、アタッカーに転向する気なの?」

「いや。あの子は司令塔が向いているし、それをわかってる。アタックも出来るが、ポジション変更しない。入部すれば、正セッターになれるかはわからないが、確実に控えには選ばれる。それだけの実力はあるんだ」

「うん」

「そしてロロがセッターとしてコートに立ったら、間違いなくスザクにトスは上がらない」

「なんで!!」

「おまえが俺の恋人だからだろう。そこまで知っているかはわからないが、俺がスザクを勧誘して入部させたことは知ってる。ロロは二年前からおまえが大嫌いだ」

「そんな…」

「だがロロはわざと試合に負けるような真似はしない。俺にもナナリーにも怒られるのがわかってるからな」

「じゃあ僕が全部のスパイク決めれば良いんだろ!出来るよ、僕は…、俺はっ…!」

気色ばんだスザクの口元に、ルルーシュはそっと指を押し当てた。
ゆらゆらと揺れる緑の瞳が痛々しい。
こんな顔をさせたくなかったから、ずっと不安に思いながら言えずにいたのだ。
けれど、スザクは強くならなくてはならない。
そのためなら、ルルーシュは何だって出来る。
必要ならば突き放すことも。

「スパイクをすべて決めることが本当に可能か?ここ最近、決定率だけならジノの方が上回っていることを、おまえもわかっているだろう?」

「…」

ジノはまず、長身に長い手足と、体格に恵まれている。
センスも良い。
どこのポジションでもこなせる器用さがあり、ムードメーカーになる明るさもある。
そして実力に胡座をかかないハングリーさとストイックさをも持ち合わせている。
エースとしての資質は充分にある。

「ロロはジノのことも好きではないが、あいつらはなんだかんだ仲が良いんだ。難しいロロの扱い方をジノが心得ていることもあるが、俺のために勝つ、という共通認識があるからな。ついでにスザクをエースから引き摺り下ろすという点でもタッグを組むだろうな。今のままじゃ、おまえにはあまり勝ち目がない」

「…どうしたら良いの?」

「スパイクをすべて決める、なんて現実味がない。が、決定率は上げろ。欠点は徹底的に潰せ。そしておまえの場合、馬鹿正直すぎるんだ。フェイントやフェイクが苦手だろう。するのもされるのも。逆にロロとジノはそういうところが巧いんだ。そこを克服して、ロロが望む攻撃が出来るようになれば、ロロもトスを上げざる得ない」

「だから…」

「そうだ。まず、俺を騙してみろ」

期限は一週間だと言い渡す。
木蓮の花がすべて散る頃に見極めようと笑うと、スザクが途方に暮れたような顔をした。



















*



















しなやかな獣を見た。
二年半前の、中学最後の全国大会の決勝戦。
その、コートに、獣はいた。


ルルーシュの所属するアッシュフォード学園中等部は、全国大会にこそ出場したものの、ベスト4の成績を残して敗退した。
実力だけなら優勝出来ると思っていた。
攻守共に考え抜かれたチームだった。
戦術と戦略に関してはどこにも負けないはずだった。
接触の少ないバレーボールでの試合中の事故は不運だったとしか言いようがない。
いくら交代選手の層が厚くても、所詮は中学生のメンタルだ。
一人、それもキャプテンがコートを抜けるというのは思う以上に選手の気概を挫く。
気持ちが崩れては、外側でどんな戦略を立てたとしても、言葉を掛けても意味はない。
負けたことではなく、コートの外側からは何も出来ず、選手と同じプレッシャーを肌で感じることもないと思い知ったことが、何よりもルルーシュを絶望させた。

決勝戦はその翌日で、本音を言えば会場に行くかも迷った。
それでも決勝戦を見に行ったのは、どうしようもない未練だったのだろう。
この先、バレーボールを続けるかも迷っていた。
ルルーシュの虚弱な身体では、どちらにしてもプレイヤーとしてコートには立つことは出来ない。
諦めることで楽になれるのなら、それも良いのかもしれない。
想い続けることにも、もう疲れた。
子供のころから白球を追った。
好きだった。大好きだった。

(ただ、バレーボールを続けていたかった、だけだったのに)

昨日は出なかった涙が、今頃滲む。
ホイッスルの鳴る音ではっと顔を上げた。
体育館のライトに目が眩む。
決勝戦の一校は無名の中学校だった。
ルルーシュが全国の情報収集をしていた時も、ノーマークに近かったはずだ。
そのチームのキャプテンラインを背負う少年が、相手のスパイクを止めたようだった。
笛が鳴ってからそれを見たはずなのに、少年はまだ、跳んでいた。
長い滞空時間だった。
会場が沸くのに、少年もはにかむように笑った。
幼いと言えるような笑顔だった。
何故か、その少年から目が離せなくなった。
それまで思い悩んでいたことも、すべて頭から消し飛んでいた。
味方側にサーブ権が移る。
ボールを真芯を打つ音が響いた刹那、あどけない少年の瞳が静かに深くなる。
痺れるほどの冷たさだ。
ネットから離れたボールを相手側が苦し紛れにアタックする。
拾ったボールが綺麗にセッターに返った。
丁寧なレシーブでチームの地力が知れる。
そしてあの少年が踏み込む。
一歩目は小さく、軽やかに。
二歩目は大きく、深く、力を溜める。
三歩、四歩。
深く沈んで、腕が大きく風を切る。

そして、跳んだ。

身体が弓のようにしなる。
鞭のようにしなやかに白球を捉え、打った。
刺さるように、ボールはコートに叩きつけられる。
それはルルーシュの知るスパイクではなかった。
とても美しいステップと跳躍だったが、あんなもの教本にもない。
教本はすべての人間に無駄なく正しさを伝えるものだ。
彼の動きはそれらを超越していた。
彼にしかなし得ない、彼のバネのような身体のための動作だ。
少年はスパイクが決まってから着地までのわずかな間、困ったように眉を寄せるのをルルーシュは見逃さなかった。
振り返った彼は、また無邪気そうに明るく笑う。

弟のロロと、少し似ていた。
バレーボールがあまり好きではない顔だ。
胸を突かれる。
ルルーシュが望んでも手に入らないものを容易く持っているのに、それはあまりに残酷だ。
そのあともチームは少年を軸に点を取り続けた。
ローテーションで後衛に回っても、レシーブもバックアタックもこなしていた。
試合は縺れてファイナルセット。
さすがに決勝戦なだけはある。
少年のブロックを躱して、鋭い一球が入った。
レシーバーが大きくボールを弾く。
もったいない、と会場中が溜息をついたようだった。

「諦めるな!!」

ブロックを跳び終えた少年だけが、そのボールを追いかけた。
誰もが無理だと思った。
ボールはすでに、広い体育館の壁際だ。
低い体勢で、懸命に腕を伸ばす。
少年が歯を食いしばり、息を止めるのが聴こえそうな、一瞬の静寂だった。
ボールが、あがった。
歓声が沸き起こる。
どんなスパイクより、素晴らしいファインプレイだった。
ボールが返り、ラリーが続く。
少年はあれだけ走り回ってなお、高く高く跳ぶ。
ラリーを終わらせたのは、彼のチームメイトが決めた見事なブロックだった。
汗だくの少年は自分のスパイクが決まった時よりも晴れやかに笑った。
ルルーシュはその顔を見て確信した。
彼はきっとバレーボールを好きになれる。
好きでなければ、あのボールは追えない。
そう思って、ルルーシュは胸が熱くなった。

サーブは少年に回ってきた。
軽やかな無回転ジャンプサーブ。 彼のプレイは試合の流れを変えた。
相手のミスで得点が入る。

『諦めるな』

耳に残る叫びを何度も思い起こす。
続けよう、と思った。
マネジメントしか出来ないとしても、やれることをすべてやろう。
決意して、遠くから少年を見る。
その年の全国優勝を飾り、最優秀選手賞に輝いたのは、その少年。
枢木スザクだった。



















*



















バレーボールに関わり続けていれば、いつかスザクに会えると思った。
その時、彼がバレーボールを好きになって堂々と戦ってくれれば良い、と願っていた。
まさか、中学卒業と同時にバレーボールを辞めるつもりだなんてかんがえもしなかった。
スザクが、欲しくなった。
捨てるつもりなら、その全てを拾い上げたかった。
荒削りな原石のような彼を研磨し、誰もが羨む美しい宝石に磨きたかった。
バレーボールを好きだと言わせたかった。
まさかお互いアッシュフォードに入学し、恋愛感情を抱かれるとは思いもしなかったけれど。

好きになってくれた。
愛してくれた。
春高を約束してくれた。

ルルーシュもスザクを愛した。
スザクはどうも、ルルーシュが選手としてのスザクにしか興味がないと疑っている節があるが、そんなことはない。
誰にも言えないことだが、練習メニューもどうしたらスザクがバレーボールを楽しめるか、に重点が置かれている。
ただのトレーニングならスザクは大抵苦もなくこなす。
それでは中学時代の轍を踏むだけだ。
スザクに反射だけでプレイさせない。
普段あまり使われていない頭を、フルで稼働させるような工夫をする。

難しい!無理!と、スザクを含む部員は初め大分喚いた。
ルルーシュとしては出来ないことをさせているつもりはない。
成功した時、スザクは一等嬉しそうな顔をする。
褒めてほしいと言うように視線だけでルルーシュを探し、溢れるように笑う。
それがとても嬉しかった。

他の部員も慣れることで体幹と視野を広く持つことが鍛えられた。
だから、今回もそのトレーニングの延長と同じ感覚だった。
エースはチームの精神的支柱なのだから当然、真っ向から戦わなければならない場面が多い。
しかしそれだけでは不足だと感じてはいた。
加えて、ロロの入部も近い。
スザクに言った通り、スザクが変わらなければロロはトスを上げないだろう。
ルルーシュがプレイヤーとしてコートに立てたら、スザクを誰よりも信頼してトスを上げるのに、と歯痒く思うが仕方ない。
すべては、スザクのためだ。

「い、いま校庭にUFOが…!」

「…」

「リヴァルがキャトル、キャトりゅ、み、みゅ、みーてれてーしょんされてっ!」

「落ち着けスザク。それを言うならキャトルミューティレーションだ」

「そう!それ!」

「それからリヴァルは今購買だそうだ。俺はいちご牛乳を頼んだ。スザクも何か頼むか?」

春休みもなかばにさしかかる日の、練習日。
昼休憩の部室に慌ただしく入室してきたスザクに、通話ランプの点滅する携帯電話を見せて笑うと、彼は膝から崩れ落ちた。
すべてはスザクのため。
そう思いはするが、スザクは本当に嘘がつけない。
早まったのだろうか、とさすがに憂える。
「俺を騙してみろ」と告げた日から二日。
スザクはこの程度の、冗談にもならない嘘しか言えていない。

「もう、むっ、無理だよ…っ!」

「諦めるなスザク。これを乗り越えればおまえはアッシュフォードの星になれる」

「ルルーシュぅ…」

小さくなる肩にぽんと手をやる。
春の新緑を写しこんだ瞳が涙で歪む。
ああ、とても可愛い。

「さあ、遊んでないで午後も練習だ。おまえは鼻をかんでから体育館に行け」

「うう…っ。…ん、あれ?」

「どうかしたか?」

「ルルーシュ、薬、お昼の分ちゃんと飲んだかい?」

「ああ」

「…なら良いんだけど、少し顔色良くないから、今日は早めに上がりなね。キャプテン命令だよ」

「今日はすごぶる調子は良い。心配するな」

悔しいのは、嘘はつけなくても、スザクが俺の嘘は容易く見抜くことだ。
しかし、嘘とはこうやってつくものだ。
一瞬も目を逸らさず、ルルーシュはにっこりと笑う。
半信半疑に振り返りながら部室を出るスザクを見送ってから、我慢していた咳を吐き出した。
関節が痛くて、体も少し怠い。
季節の変わり目はこれだから嫌いだ。

結局ルルーシュはその夜、スザクが懸念していた通り熱を出した。
慣れているとはいえ、悪寒が酷くて、いくら温かくしても歯の根が合わなかった。
次の日は練習も休みだったこともあり、そのまま自宅で養生することにした。
こうやって寝込む時は、大抵スザクがメールをくれた。
それなのに、携帯が静かなままだった。
かすかに切なくなって、熱の所為だと言い訳をしながら携帯を胸に押し当てたまま眠った。

何度確認しても、電話もメールも来なかった。
様子がおかしいと気付いたのは、その次の日だった。
スザクは馬鹿みたいな嘘を言いに来なくなった。
それどころか、ルルーシュと目を合わさなくなった。
練習中、水分補給に来てもルルーシュからタオルを受け取らない。
怪訝に思ったが、一日そんな状態が続いた。
腹が立つと同時に、今までこんなことがなかったので不安も感じた。
練習後、とうとうルルーシュが折れる形で声を掛けた。

「スザク、この後少しミーティングを…」

「だめだよルルーシュ、病み上がりなんだから、今日はやめよう」

「そう、か。ああ、わかった」

「僕もちょっと用事あるから。送っていけないけど大丈夫?」

「…大丈夫だ」

やんわりとした拒絶。
家まで送ってくれるのは毎回じゃない。
そもそも寮生のスザクが、近場とは言え自宅通学のルルーシュを送るのはただの手間でしかないのだ。
それでも「帰りにランニングするから、トレーニングだよ」と言って、ルルーシュが断ってもついてくるのに。
特に、体調が悪い時や病み上がりなどに一人で帰されたことなど一度もなかった。
久しぶりの一人での帰路は長く、とても足が重かった。




五日目。

「おい、ルルーシュ。おまえも鬱陶しいが、枢木もなんとかしろ。今日の練習は全体がくだぐだだぞ」

「…わかってる」

C.C.がルルーシュをおもむろに蹴る。
名目は男子バレー部コーチだが、練習には来たい時に気まぐれに来る。
今日もしばらく球出しをしていたが、あまりにも部員に集中力がないので呆れて抜けて来たようだ。

「枢木と喧嘩か?」

「…いや、向こうが勝手に避けてるだけだ」

「噂になってるぞ」

「は?」

「おまえとあいつが別れたと。来る途中で、あれは下級生達だったな。はじめは何を言っているのかわからなかったが」

なるほど、と魔女は愉しそうに笑った。
かっとなって、思わずスコアブックを取り落とした。

「振られたのか、勝利の女神様?」

「…っ!」

勝利の女神、は時々スザクが言う冗談だった。
それを揶揄されたことがとにかく癇に障る。
そんな冗談も、スザクにしか許していない。
誰であろうと、その領域に入って来ることは許さない。

「まあ、さっさと解決することだな。わかっているだろうが来月からは大会の予選だ。キャプテンとマネージャーがそんなんじゃ、初戦敗退間違いないぞ」

「うるさい、さっさと練習に戻れっ」

ルルーシュが激昂したことに満足したのか、C.C.は目を細めてコートに戻った。
入れ違いでリヴァルがドリンクを取りに来た。
スザクは今日も、事務的な用事以外ルルーシュの顔も見ない。

「…リヴァル、俺は何かしたか?」

「へ?いや、ルルーシュはいつもどーりじゃん。うーん、でもほら、スザクはキャプテンで進級するし、プレッシャーとかもあるかもなぁ」

プレッシャー。重圧。期待。
スザクはそういうことが嫌で、いちどはバレーボールを辞めようとしたのではなかったか。
今は、自分がそれを強いているのだろうか。
口の中に苦味が走る。
胃が痙攣しそうで、思わず口元を押さえた。

「お、おい、ルルーシュ!顔!真っ青だぞっ」

「…悪いリヴァル、今日は早退する。練習メニューはノートにあるから」

「良いよ、わかったから!コーチ呼ぶからバイク乗せて帰ってもらえ」

「ああ、すまない…」




六日目。

練習はあったが、ルルーシュは新入生歓迎の準備と打ち合わせがあり、先に女子バレー部に顔を出した。
女子部長のシャーリーと、入学式から確保している勧誘場所や時間について話し合った。
おおよその打ち合わせが終わり、ルルーシュが席を立とうとしたところでシャーリーに袖を引かれた。

「ルル、大丈夫?昨日も早退したって聞いたよ。無理はしないでね」

「…大丈夫だよ」

はたと、彼女もキャプテンだったなと思い当たる。

「なあシャーリー、訊いて良いか?」

「うん、なあに?」

「シャーリーは、キャプテンになってどう思った?今も、不安に思うことはあるか?」

「やだ、なに急に!…うーんとね、ミレイさんって、プレイスタイルもあって、他校からも結構有名だったじゃない? それに、いっつも笑顔でポジティブで、それがどれだけみんなを強くしたか、私が一番知ってるもの。 そのあとだから、やっぱりプレッシャーはあったよー。ほんとに、自分で良いのかなって悩んだもん! でもね、私は私で良いって、ミレイさんやカレンが、みんなが言ってくれたの。私、それから力が抜けたのかも。 バレーボールは、一人じゃ出来ないから、私は私に出来ることをしようって。だからね、今は、みんながいるから私は大丈夫。それに、私はバレーが好きだもの」

シャーリーは確かに、トリッキーなプレイをしたミレイとも、力強いエースのカレンとも違う。
だけど、味方の触ったボールならどんなルーズボールでも諦めない。
ブロックのワンタッチや、弾かれたボールの二段トスなど、シャーリーがいることでピンチがチャンスに変わる場面が多かった。

「…そうか。俺も、キャプテンがシャーリーで良かったと思う。今の女子バレー部も、良いチームだ」

「あ、ありがとう、ルル!でも、男子だってすごいチームだよ。ルルが強くしたんだから」

強くは、なった。
戦績も目に見えて上がった。
だけど、それが誰かの、スザクの、負担になっていたとしたら。
果たしてシャーリーのように、全員がバレーボールを好きだと笑ってくれるだろうか。

(俺は間違っていたんだろうか)

傲慢だった。
大切なものを省みて来なかった。

「ありがとう、シャーリー」

足早に体育館に戻る。
無性にスザクに会いたかった。
いつもみたいに、上手くいったら嬉しそうに笑って、振り向いて欲しかった。

「ルルーシュ?」

「スザク、」

体育館に駆け上がる手前で、知った声に引き止められる。
氷嚢を持ったスザクがそこにいた。
慌ててさっと全身を見回したが、スザクに怪我はないようだった。
そのことに少しだけ安心する。
チームメイトの誰かが、アイシングが必要になったのだろう。

「打ち合わせ終わったの?」

「あ、ああ、終わった。大体は例年通りだ。赤いユニフォームは、今年もおまえで、」

「ああ、うん…。別にどっちでも良いよ。ジノの方が生徒には人気もあるんだし」

望んで止まなかった声だったのに、また、目が逸らされる。
新入生歓迎の女子用赤ユニフォームは、男子バレー部のエースが女装する習わしだ。
一年前のスザクは、来年もこのユニフォームを着るから、と張り切っていたのに。
その言葉に、不安だったことや焦燥感も忘れてかっとなった。

「…約束、明日までだって、おまえ、覚えているのか?」

口をついたのは、可愛げのない言葉だった。

「うん。覚えてるよ。でも、なんか…もう、」

歯切れ悪く、言葉は濁される。
もう、の続きが今は聞きたくない。
もう、面倒になった。
もう、どうでも良い。
もう、バレーボールなんて。
何が続いても、聞いてしまえば傷ついてしまいそうだった。

「…練習に戻る」

俯いてスザクを追い越した。
一緒に戻ろう、とは言えなかった。
また馬鹿みたいな嘘を、明日になれば言ってくれるだろうか。






約束の期日の、最終日が来た。
体育館から見える校庭は、もうすっかり春めいている。
桜が淡く咲いて、花壇は色とりどりに乱れ、若葉が木漏れ日に透き通っているはずだ。
それが何故か褪せて見える。
今日は午前練習のみで、新入生を迎える前に基礎トレーニングを全員で見直した。
明日が休みなので、調整も兼ねてストレッチなどを入念に行い、一汗かく程度で昼前に練習は終わった。
休息は誰にとっても必要だ。
そのまま学外に出ようと、部員の幾人かは浮足だっている。
それも、春らしい光景だった。
ルルーシュはいつものように部誌を書くために居残っていた。
校舎の外階段の、暖かそうな位置に腰掛けて部誌を開く。
日差しは眩しいのに、風はそれを裏切るように冷ややかだった。

「こんなところにいたら風邪引くよ、ルルーシュ」

「…」

そんなことはわかっていた。
ただ、ここなら体育館の鍵を返しに行ったスザクを見失わないだろうと思っていたからだ。
穏やかに掠れる声に顔を上げる。
すでに制服に着替えたスザクは、困ったような微苦笑を浮かべていた。
初めて中学の全国大会で見た顔より、つまらなそうに紙飛行機を飛ばしていた頃より、ずっと精悍になっていた。
常盤色の瞳が深くなる。

気付かなかった。
いつも、いつまでも、あどけなく傍で笑っていてくれるものだと、何故思えてたのだろう。
スザクはこんなにも変わっていたのに。
こんなにも簡単に、遠くに行ってしまえたのに。
切なくて、何を言って良いかもわからなかったから、ルルーシュも眉を下げて苦しく笑った。

「…今日はUFO、来なかったのか?」

「うん。来なかったよ。隕石も、宇宙人も、なんにも。でもね、いくつかの運動部から、三年からでも良いから入部してくれって勧誘は、来たよ」

はっと息を飲む。

(行くな)

縋るように見つめた。

(行くな行くな行くな)

声は、出なかった。

(…行かないで)

スザクが諦観を浮かべて静かに笑う。
木漏れ日は優しいのに、体が、指先が、強張って寒い。

「僕、バレーボール、辞めようと思う」

春は約束の季節だ。
固く誓ったはずだった。
そのすべてが解けていく。
音もなく涙が零れた。
あまりにも静か落ちたから、自分ですら泣いたことに気付かなかった。
息が苦しくなって、風が頬を冷やしてようやくそれを知る。

「…ごめんね、ルルーシュ」

「いや、おまえが選んだなら、俺は何も、」

言えない。
言えやしない。
その資格がない。

そう思おうとしても、次第に嗚咽を堪えるが苦しくなる。
俯くと部誌に雨のように染みが落ちた。
微妙な距離感のまま、二人とも動けない。
いっそスザクが去ってくれたら一人で泣けるのに、と恨めしく思う。
唐突に、スザクが口を開いた。
少しだけ、場違いに、嬉しそうに、笑う。

「…ルルーシュ、僕の勝ち?」

「は?」

勝ち、負けのつく話だっただろうかと逡巡する。
負けたと言えば、確かに打ちのめされた気分だが。
そこまで考えて、ふと気付く。
そもそも何故、今日ここで、スザクを待っていたかの理由を。
今日が、タイムリミットであった訳を。




―――――俺を騙してみろ。




「………っ!!!!!」

思わず立ち上がる。
しかし極度の緊張を強いられていたせいか、激しく目眩がして階段でふらついた。

「危ない!」

倒れる寸前、スザクの腕に抱きとめられた。
良く知る肌の、慣れた感触だった。
ただ一つの違和感をのぞいては。

「危ない」という声は、スザクの声では、なかった。
恐る恐る首を傾げると、階段の横でシャーリーが思わず、と言わんばかりに両手で口元を押さえていた。
葉の揺れる音。
鳥の声。
長閑な沈黙が降りた。

「もう、シャーリー!看板出すのが先って言ったじゃないー!計画が、台無しようっ」

「ごめんなさいー!だってだって、ルルがぁ!」

「無様だな、ルルーシュ」

「ほんっとよね!さすがに倒れるなんて思ってなかったから、驚いたわ。相変わらず軟弱なんだから、ルルーシュは!」

「はー、でもやっと終わった。終わったぁー!つっかれたー!気疲れしたー!!」

「うん。お疲れ様、リヴァル」

ぞろぞろと、階段の影から知った顔が出て来る。
「どっきり☆大成功」(※ブリタニア語)の看板を持ったミレイ。
ミレイに叱られて、情けない顔をするシャーリー。
人の悪い笑みを浮かべるCC。
びしっと強気に憤慨するカレン。
言葉通り、疲労の滲み出るリヴァル。
その横で、そっとリヴァルを慰めるニーナ。
ぐるりと一回りして、目の前のスザクの顔に戻る。

「ごめんね、ルルーシュ!」

一瞬きょとんとして、ふわりと笑った。
こんな時だけキラキラのベビーフェイスに満面の笑顔。
なんて、ずるい。

「だ、だ、だだ、騙したのか!俺を!!」

「だってそうするように言ったの、ルルちゃんなんでしょう?」

「いや、だがっ!だからって!」

「はぁ?。もう苦労したんだぜ、俺たち」

人前だということを思い出し、慌ててスザクを引き剥がすが、足にうまく力が入らなくて、嫌々スザクの制服の裾にしがみつくようにして立った。
リヴァルが言うように、それぞれ気疲れはしていたらしく、次々階段に腰掛けていく。
階段の下で立ち尽くしたのはルルーシュとスザクだけになり、全員の顔が良く見えた。

「ルルーシュが休んだ日に、スザクが俺のとこに来たの!ルルーシュに嘘がつけないどうしようー、って半べそで」

「あぁ!リヴァルそれは言わないでってっ約束したのに!」

「リヴァルから私に連絡が来たから、練習のあとカレンとニーナと私で体育館に来て」

「私は枢木とカルデモンドが騒がしいから何かと思って覗いただけだったのに巻き込まれた」

「私はシャーリーに呼ばれたから!面白いことになってそうだから来ちゃったわ。それで、みんなで相談したのよ。どうしたらスザク君が、ルルーシュに嘘をつけるか」

こういう時、話をまとめるのはいつもミレイの役目だった。
懐かしい、居心地の良い空気だ。

「どうせ、ルルちゃんに生半可な嘘なんて通用しないわ。だったら、時間をかけて、伏線に伏線を重ねて、外堀もがんがん埋めて、たった一つの嘘を用意することにしたの」

「でも、話を聴いていたら、そもそもバレーボールのプレイの話でしょう?嘘をつくだけじゃダメだと思ったの」

ニーナが言って、CCに視線を送る。
CCは呆れたように、組んだ膝で頬杖をついた。

「フェイントにフェイク。確かに枢木の弱点だったからな。この際徹底的に克服させることにした。私としても、良い機会だと思っただけだ」

「それから毎日演技の特訓とと自主練に付き合ったのよ、私たち。ほーんと、やってらんないわ」

「スザク君、ルルーシュ君に会いたい会いたいで、少しノイローゼ気味だったものね。窶れて、演技にはちょうど良かったけど」

「俺は自分の練習にもなったから良いけど、ルルーシュとスザクの、板挟みがなぁ〜。まじで胃が痛かったぜ…」

「あんたもがんばんなさいよ、リヴァル!ロロにレギュラー取られるんじゃないわよ、先輩の沽券に関わるんだから」

「はぁい、わかってますよ、ミレイ先輩!」

「でもね、スザク君、フェイントとかすごく上達したんだよ!ルル、ちゃんといっぱい褒めてあげてね」

みんなが口々に言う。
色々信じられなくて、そろりとスザクを窺った。

「ルルーシュ、ほんとにごめんね?でもね、僕、やっぱりエースは誰にも譲りたくないんだ。 そのためにやれることだったら、つらくても頑張ろうって思ったんだ。僕はルルーシュと、それからバレーボールがこんなにも大事で、大好きだから」

「…っ、でも、いくらなんでも、こんな嘘は酷すぎる…!」

「でも、許してよ。だって今日は四月一日なんだから」

言われてから気付く。
四月馬鹿。

スザクがバレーボールを嫌いになったかと。
ルルーシュに愛想を尽かしたのかと。
本気で、胸が潰れるほど苦しかったのに。
悔しくて、ほっとして、情けなくて、腹が立って、嬉しくて、恥ずかしくて、色んなものが愛しいような、ぐちゃぐちゃな感情が弾けて溢れて、一度は止まった涙がまた浮かびそうだった。
「せーのっ」と小さくミレイが言った。






















































「「「「ハッピー・エイプリルフール!!」」」」






















































みんなが笑う。
淡い桜の花びらが風に舞う。
ああ、なるほど。
舞う花びらは、確かに回遊魚のようだ。
空は憎いくらい美しい春の青。
明るい声が響いて、耳が擽ったい。
その後、せっかくみんな集まったんだから、お昼でも行こうという話にまとまった。

「おまえは顔を洗ってから来た方が良いぞ」

恐らく誰もが言おうとして言いにくいと思っていたであろうことを、にやりと笑ってCCが指摘した。
女子バレー部の面々も、まだ片付けが残っているからと、待ち合わせだけ決めて散り散りになる。
外階段に残されたのは、スザクとルルーシュだけになった。

「…そんなに酷い顔か?」

「ううん。ちょっと鼻が赤いくらい。可愛いよ」

言いながらそうっと目元を撫でてくれた。
本当はまだ涙の跡があるのだろう。

「ちょっと痩せたね」

「おまえが、馬鹿な嘘をつくからだ」

「うん。ごめんね。でもね、ルルーシュだって酷いよ」

拗ねたようにスザクの唇が尖る。
試合中のスザクと同じ、深く真剣な視線に射抜かれた。
見蕩れるようなグリーン。

「あんな嘘、すぐ見抜いてよ。ルルーシュは、もっと僕を信じるべきだ」

額が近づく。
どきりとした。
そうだ。
信じきれなかったのは自分だ。
唇が震える。
手を翳すように、スザクに伸ばした。

「…ふん」

「いだ!」

癖毛で隠れる丸い額に、思い切りデコピンを見舞う。
盛大に良い音がした。
悔し紛れに思いきりスザクを睨む。
なにが、エイプリルフールだ。
額を押さえるスザクの鼻先に、少し痺れる指をまっすぐに突きつける。

「俺は金輪際、おまえのことなんて信じない!」

「ルルーシュ…」

「絶対、絶対、絶対に、もう二度と、おまえのことなんて、信じないんだからなっ!!」

言いながら、頬が熱を持つのがわかる。
いくら鈍感なスザクでも、この意味がわかるだろうか?
丸くなった目を細めて、スザクがゆっくり頷いた。

「………バカスザク。おまえなんて、だ…だいっきらいだ…っ、」

「…うん」




春は、約束の季節だ。
いつも、いつだって。
今は小さな嘘に隠して、大きな約束をしよう。

- fin -

2014/04/01

信じてる。
疑わない。
呆れるくらい、君が好き!


Happy Happy  April Fools' Day!