アタック☆オンリーワン


VOLLEYBALL CLUB

だけど、涙が出ちゃう。
だってだって男の子だもん!

















































運動部員というのは、学校と教師と上級生の下僕だと思う。
新学期最初の練習よりも優先されたのは、体育館の片付けだった。
午前中に行われた入学式が終わり、 運動部は掟に従い部員総出で体育館に出された大量のパイプ椅子の片付けが命じられたのだ。
もちろん、バレー部も例外ではない。

「あーっ!毎度のこととは言え、何で俺達が片付けなきゃなんね〜んだぁ!!」

「もう、あとちょっとなんだから、癇癪おこさないでよリヴァル」

「新入生が使ったんだから、自分達で片付けるべきだ!!」

「ハイハイ、可愛い後輩達に無茶言わないの。…よっこいしょっと」

今日は入学式日和のあたたかな陽気だったため、地道な重労働に軽く汗ばんでいて、 スザクはすでに上着を脱ぎワイシャツの袖もまくっていた。
部員の何人かはリヴァルのように愚痴をこぼしているが、 体育館の窓から吹き込んでくる春の匂いが心地ち良くて、スザクはテキパキと片付けをこなした。

「…あれ、そう言えばルルーシュは?」

「さあ?新年度の予算組みとか部費の割り当てとか新入生の勧誘ポスターの申請とか、何か色々仕事あるんじゃ ね、ルルーシュは」

どっちにしてもうちのマネージャー様はこんな力仕事しないけどな、とリヴァルがからから笑って揶揄する。
その通りではあるが、万が一ルルーシュに聞かれでもしたら白球の一つや二つ飛んでくるのに(ルルーシュは体 力はないけど、ボールコントロールだけは抜群に良い)、リヴァルも懲りないなとスザクは苦笑いしか出ない。

「おーい枢木!マネージャーが部室まで来いってさ」

「………あ゛」

「あ、はい!すぐ行きます!!」

「…あ、あのさスザク、悪いことは言わないから、今は部室行かない方が良いと思うぜ?」

「はあ?ルルーシュが呼んでるんだから、行くに決まってるだろう」

新入生の色めき立つ気持ちが伝播したかのように、スザクは浮ついた心で部室に向かった。
背後で漏らされた「あーあ…」と言う部員たちの溜息もすべて聞き流して。
あとになって、リヴァルの忠告をありがたく拝聴するべきだったと、泣く泣く後悔するはめになるとも知らずに。




*




(…なんだろう、名指しで呼び出し、なんて。…もしかして、)

思えば、彼と出会って一年が経つ。
桜の散る中に佇むルルーシュは、今より髪も短く、顔立ちも少しだけ幼かったのを思い出す。

(一周年記念デートの、お誘い…?)

練習、試合、合宿。
運動部にデートする時間なんてほとんどないに等しい。
さらにルルーシュは部活至上主義で、恋人のスザクよりも、バレーボールを大切にしてきた。
でも、もしかしたら、もしかするかもしれない。

(そうだよね!ルルーシュだって記念日くらい部活のことは忘れて、二人っきりでデートしたいよねっ)

そう考えると、自然と早足になる。
バーンと勢いよく開けたドアの先には、ルルーシュしか居なかった。
『マネージャー専用』と書かれたノートパソコンと睨めっこしていたようだが、けたたましく開けられたドアに 難色を示しながら、むっとした顔を見せる。

「…遅いぞスザク」

「ごめんね!それでデートはどこが良い?映画館とか水族館?もうあったかくなったからピクニックとかも良い ね!!ああでもルルーシュが風邪引いちゃったら大変だな。でも僕、ルルーシュが行きたいところならどこだって 良いよッ!」

「はぁ…?何言ってるんだおまえ。春になってとうとう頭が湧いたか?」

「…え」

「試合も近いし…そもそもこの忙しい時期に何を言いだすんだ、馬鹿が」

デートなんてくだらない、と美しい唇が無情に吐き捨てる。
スローモーションのように、それがスザクの眼底に焼きつけられた。

「まあいい。とりあえずこれを着ろ。今年はおまえが担当だ」

「………え?」

腰掛けていた小さなスツールから立ち上がり、ルルーシュはごそごそと近くに置いてあった荷物を取り出した。
呆然としたままのスザクに手渡されたのは、正規のものとは違う、赤を基調としたタンクトップのユニフォーム。
女子バレーでよく見るような、ハイソックス。
それから、

「な、なに?これ…」

真っ赤なブルマー、だった。

「何って、部員勧誘用のユニフォームだ。明日から新入部員争奪戦…もとい勧誘期間が始まるからな。ああ、あ とこれもな」

どさどさと追加されたのは、四号球二つと、ポニーテールのウィッグだった。
至極ご機嫌な様子で、ルルーシュは笑う。
すっと体温が下がったのは、汗が冷えただけが原因ではないだろう。
絶望と驚きのあまり、視界が涙でじわりと滲んできた。

「な、なんで僕…?」

「おまえがうちのエースだからに決まってるだろう」

ルルーシュいわく、アッシュフォード学園の男子バレー部は毎年女装して勧誘活動を行うのだと。
そしてそれは、エースの役目だとも。
さらに「そのボールは胸に詰めろよ」と。
震えるスザクを無視して、ルルーシュはその知りたくもなかった使用用途を明かし、とどめを刺した。
むに、と人工皮革球を胸に押し当てられ、スザクはようやく弾かれたように顔をあげた。

「…や、やだやだっ!女装なんて絶対嫌だからね!?」

「おまえに拒否権はない。これは代々伝わる我が部の伝統だ」

絶望からすでに大粒の涙を瞳に浮かべるスザクを前に、ルルーシュは穏やかな日差しに似つかわしくないほど冷たく 言い放った。
深いアメジストの双眸が、怖いくらい真剣だった。
しかしスザクにも言い分はある。
仮にも恋人であるルルーシュ前で、女装などしたくはない。

「やらないったらやらないからね!そんなことしなきゃいけないなら、僕はエースなんていらないよっ!!」

もともとバレーボールを再開したのだってルルーシュがいたからだ。
スザクとしては、それはもっともな主張だった。
ルルーシュもじっと思案するように自分の唇を撫で、そして労るように優しく目を細めた。

「そう、だな。おまえの意見も聞くべきだったな、悪かったよ」

「ルルーシュ…!」

「だがスザクがエースを辞めるなら、即刻別れるからな」

マネージャー様が絶対零度の微笑みを浮かべる。
伝統と誇りをけがすなとばかりに、人を屈服させる高圧的な笑顔を。
女装はもはや、決定事項のようだ。

冒頭のモノローグを訂正しよう。
運動部員というのは、学校と教師と上級生と、そして何よりマネージャーの下僕なのだ。



















*



















「きゃーっ、可愛いスザク君!」

「うふふ、あら違うわよシャーリー。ス・ザ・子・ちゃ・ん!よねぇ?」

「本当に女の子みたぁい。食べちゃいたいー!」

「やぁーん、そんなに褒められたら、スザ子恥ずかしいんですぅー!」

実際、羞恥で死ねる。
と、スザクは思う。

何が悲しくて、女装なんてしなければならないのだろう。
ぴっちりのユニフォームにボールを詰めて似非巨乳を作り上げ、女子バレーの部員によって化粧まで施された。
ついでに昨日のうちに、ルルーシュの手によって全身の毛を剃られた。
(何をどこまで剃られたかは、彼の完璧主義と、強制的に履かされているブルマーの際どさから察して欲しい)

これから、この格好で新入生の前に出る。
考えただけで吐きそうだった。
その時、女子バレー部の扉が開き、艶やかな黒髪が覗いた。

「スザク、準備出来たか?」

「やだぁルルーシュってばぁ!女の子の着替えを覗くなんて、最低だぞっ☆」

ドン引かれた。
生まれて初めて、スザクは自分の心が折れる音を聞いた。

「…あ、案外ノリノリだな、おまえ…」

「………ルルーシュに別れ話されるくらいなら、僕は何でもやるもん…っ」

「な、泣くなスザ子!化粧がハゲ…じゃない。せっかく着飾ったのに、勿体ないだろう?」

着飾ったも何も、日々たゆまず励んできた基礎練習のおかげで、細身の割に逞しい太腿と腹筋が、サイズの小さ いユニフォームから見え隠れする。
こんな男のチラリズム、どこにも需要はないだろう。
もしやこれは着ても着なくても別れ話フラグなのではないかと、スザクは心底悲しくなってきた。
うなだれると、茶髪のポニーテールが耳に絡みついてくる。
ルルーシュは化粧をしてくれたミレイさんやシャーリーたちに軽くお礼を言うと、スザクの手を引いて更衣室を 出た。
はらはらと舞う桜は美しいけれど、重苦しい心の琴線には触れるはずもない。

「ほらスザク、そんな顔するな。笑えって」

「だったら、ルルーシュが笑わせてよ」

部員獲得という、ただそれだけのためにこんな格好を強要したのは、他でもないルルーシュだ。
無責任な言葉に拗ねた声音で低く訴えると、強い風に目を細めながらも、ルルーシュはふと思案する仕草を見せた。
次いでルルーシュが紡いだのは、魔法の呪文だった。

「来週の月曜日、代々木公園、授業はサボタージュだ」

「え、何?」

ルルーシュが眉を下げて薄く微笑む。
それは普段厳しいマネージャーが、"恋人"を甘やかす時の癖だった。

「…一周年のデート、するんだろう?」

「………っ!!!!!」

「でも今日ちゃんと笑わないなら、行かないからな」

「……………す、」

つんとそっぽ向く横顔に、思わず心臓がきゅるんと高鳴った。
知らず知らずに、可愛らしく"しな"をつくってしまう。

「スザ子にまっかせて!!」

濁っていた瞳に、まるで少女漫画めいた星がキラキラと輝いた。
一気に沸騰した頬を、スザクは両手で包む。

「ルルーシュのために新入部員いーっぱい入れちゃうんだからぁ!!きゃはーっ☆」

甲高い裏声で宣言すると、そのまま他の部員が待っているはずの正門へまっすぐに駆け出した。
背中に小さく「可愛いよ」と褒め言葉にならない賛辞を恋人から送られたけれど、それさえも気にならないほど 嬉しくて、青空に叫びたい気持ちだった。

桜吹雪が体育館裏に降りそそぐ。
花びらが、紅潮した頬を掠めるように散った。
そして偽物のポニーテールは、少年の広い背中でそれは可憐に跳ねるのだった。

- fin -

2009/4/9

鳳蝶さまリクエスト『女装スザ子』
お気に召していただければ幸いです。